2023年10月から導入されるインボイス制度(適格請求書保存方式)。個人事業主として飲食店を経営するオーナーの中には、まだ具体的な対応を考えていないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は、インボイス制度は飲食店にとっても無視できない税制変更です。
制度の詳細を知らずに従来通りの請求書やレシートを発行していると、知らぬ間に客足が遠のいたり、得意先から取引の停止を求められることも。
この記事では、インボイス制度が飲食店に与える影響や、具体的な対策について解説しています。インボイス制度への対応を検討している方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
インボイス制度(適格請求書等保存方式)とは
「インボイス」とは、日本語にすれば「適格請求書」のこと。それでは「適格請求書」とは何か?というと、売り手が買い手に対して発行する請求書のうち、適用税率や消費税額等を正確に記載している請求書のことです。
では、何のためにインボイスが必要なのでしょうか?
一つ、わかりやすい例を挙げましょう。
例えば、あなたが1,000円の商品を売り上げた場合、通常、顧客からは商品代金の1,000円+消費税100円の支払いを受けます。課税事業者の場合、この消費税100円は「顧客から預かった税金」として税務署に納付しなければいけません。
しかし、この1000円の商品を700円で仕入れていた場合、あなたは仕入れ業者に代金700円+消費税額70円を既に支払っているはずです。となれば、納付すべき消費税額は100円-70円の30円で構いません。
つまり、利益額である300円(1,000円-700円)に対する消費税額のみを納めればよいのです。
このように、売り上げ時に受け取った税額から仕入れの際に支払い済みの税額を差し引くことを「仕入税額控除」と言います。
しかし、仕入れ時に「買い手」が支払った消費税額や適用税率(8%か10%か)を、仕入れ業者等の「売り手」から正確に伝えられていなければ、当然この仕入税額控除を正しく行うことができません。
そして仕入税額控除が行えない場合、消費税額を過剰に支払ってしまうことになります。
これを防ぐために導入されるのがインボイス制度ーー正式名称は「適格請求書等保存方式」であり、インボイスとは「商品に課税されている消費税率・消費税額が明記されている請求書、及びそれに類するレシートや領収書、納品書」のことなのです。
導入する目的
インボイス制度とは、一言で言うと「適格請求書などの保存を、仕入税額控除の新たな要件とする」制度。
ごくごく砕いて言えば「仕入れの際に、従来とは違う特別な請求書(=適格請求書、インボイス)を受け取らないと、仕入税額控除が行えない」、その場合「納付する消費税が増えてしまう」制度のことです。
パッと見た限り、事業者にとっては面倒でデメリットばかりの制度に見えてしまいませんか?仕入税額控除は従来も行えていたはずなのに、なぜそんな制度が導入されるのでしょう?
大きな理由の一つが、2019年10月に導入された軽減税率です。消費税率が10%に上がるのに伴い、お酒や外食を除いた食料品全般や定期購読の新聞など、生活に必須の特定品目のみが消費税8%に据え置きになったことは、みなさんの記憶にも新しいでしょう。
結果として、請求書にも8%と10%の品目が混在することになり、消費税額の計算が以前よりも煩雑になりました。
そのため、それぞれの品目に対する消費税率(8%か10%か)と、適用税率ごとに区分した合計額・消費税額を明記させることで、正確な税額を確認する必要が出てきたのです。
もう一つが事業者における益税、すなわち「消費税のもらい得」を防止することです。
例えば一般の消費者が事業者に物品を売却して利益を得た場合、当然ながら消費者に消費税を納める義務はありません。しかし、事業者の側が消費税込みで購入したことにしてしまえば、商品代金に消費税額を加えた金額を仕入れ額として計上することができます。
つまり、支払ってもいない消費税を支払ったことにして、仕入税額控除を受けるーーそのような不正の是正もインボイス制度の目的なのです。
上記のような複数税率の混在に加えて、現行制度では請求書の発行が売り手の義務とはなっていないために、事業者が支払った消費税額を正確に算出するのが非常に困難になっています。
そこで仕入税額控除を受けるために必要な請求書の基準を厳密に定め、消費税納税の透明性を図ろうというのが、インボイス制度導入の根本的な理由なのです。
【前提】インボイス制度を理解するために飲食店オーナーが知っておくべきこと
免税事業者と課税事業者
免税事業者 | ・消費税の納税義務がない ・基準期間の課税売上が1,000万円未満 |
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課税事業 | ・消費税の納税義務がある ・基準期間の課税売上が1,000万円以上 |
個人事業主は、消費税の納税義務によって「免税事業者」と「課税事業者」に分けられます。免税事業者は消費税を納める義務がないため、顧客から受け取った消費税はそのまま利益になります。
免税、課税の判定基準は、前々年の課税売上高です。2年前に1,000万円以上の課税売上高が発生していたかどうかで判定されます。基準期間の売上が存在しない独立直後の個人事業主は、従来なら2年間の免税期間がありました。そして、開業から2年を経過しても年間の課税売上高が1,000万円を超えない場合は納税義務が発生せず、多くの場合、消費税を納税するのは開業3年目以降で課税売上高が1,000万円を超えた事業者に限られていました。
しかし、インボイス制度の登録事業者になると、課税売上高が1,000万円未満でも課税事業者になります。インボイス登録をした時点で課税事業者になるので、例え開業直後であっても従来の2年間の免税期間は存在しないことになります。インボイス登録をせず、免税事業者のままでいることもできますが、デメリットがあるため十分な検討が必要です。
これから開業する人、これまで消費税を支払っていなかった事業者は、インボイスの登録で納税額が増えるため、収支がどう変わるかチェックしておきましょう。
参照 国税庁|No.6501 納税義務の免除
原則課税と簡易課税
原則課税 | ・「受け取った消費税」から「支払った消費税」を控除して計算 ・正確な金額で納税するが、計算に手間がかかる |
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簡易課税 | ・決められた割合で計算 ・計算の手間がなくわかりやすい |
消費税の課税事業者は、原則課税と簡易課税の二種類から納税方法を選択できます。
原則課税は、受け取った消費税から支払った消費税を控除して計算する納税方法です。簡易課税の申請をしなければ、自動的に原則課税が適用されます。原則課税の内容を噛み砕いて説明すると、「来店したお客様から受け取った消費税」から「仕入れ業者に支払った消費税」を差し引いて納税する仕組みです。
簡易課税は、発生した課税売上の消費税に「みなし仕入率」を掛け算して算出する方法です。みなし仕入率は業種別で定められており、40〜90%に設定されています。シンプルでわかりやすい制度ですが、簡易課税制度を適用できるのは「前々年の課税売上高が5,000万円以下」の事業者となるので、覚えておきましょう。
どちらを選択するか迷ったら、基本的には簡易課税がおすすめです。計算方法がシンプルなことに加え、状況によっては原則課税より納税額が少なくなるケースもあります。ただし、近いうちに店舗の新規オープンを考えている飲食店オーナーは原則課税を検討しましょう。原則課税では「支払った消費税」を正確に計算するため、設備投資などで高額な支払いがある場合は、納税額が簡易課税より少なくなる可能性があります。
参照 国税庁|No.6505 簡易課税制度
インボイス制度導入における飲食店への影響
インボイス制度が飲食店に与える主な影響は、以下の通りです。
- 仕入れ先からの仕入額控除(買い手として)
- 顧客の減少(売り手として)
買い手目線、売り手目線から、それぞれの影響を詳しく見ていきましょう。
【買い手】仕入れ先からの仕入額控除
仕入れ先がインボイス制度に対応していない場合は、買い手側として影響を受けることになります。飲食店は食材などの仕入れが経費の中で高い割合を占める業種です。仕入額控除を受けるためには、仕入れ先がインボイスの登録事業者で、適格請求書を発行してもらう必要があります。
仕入れ先がインボイスに登録しておらず、仕入額控除を受けられないとなれば、納税額に大きな差が生まれてしまいます。特に、個人経営の仕入れ先を利用している場合は、インボイス制度への対応状況を確認しておきましょう。
【売り手】顧客の減少
売り手側としての主な影響は、顧客の減少です。飲食店の顧客は一般消費者が多く、インボイスの有無があまり重視されません。しかし、接待交際費として経費計上したい会社員などの顧客にとっては事情が変わります。
会社から「インボイス対応の領収書しか計上できない」と言われている場合、対応していない店舗は予約の選択肢から外れてしまうでしょう。自店舗の使用用途として接待や、歓送迎会、慶弔の会食などが多い場合は注意が必要です。
免税事業者か課税事業者かで変わるインボイス制度の対応
免税事業者の場合
1年間の課税売上高が1,000万円以下の事業者には消費税納税の義務がなく、これまでは消費税を受け取っても納付しない「益税」が可能でした。今後も取引先が免税事業者の場合は、従来の取引と何も変わりません。
しかし、インボイス制度においては、免税事業者は適格請求書(=消費税率・税額を明記した請求書)を発行できない決まりになっているため、取引先が課税事業者の場合、仕入税額控除を受けられないというデメリットを相手方に負わせることになってしまいます。
結果として取引中止や、消費税額を除いた金額での取引を求められかねません。そこで「消費税課税事業者選択届出書」を申請して課税事業者となり、適格請求書発行の資格を得るという方法もあります。
ただ、課税事業者になれば、これまで支払わずに済んでいた消費税を納付する義務が生じ、当然ながら利益が減少してしまいます。
そのため、課税事業者になるか免税事業者のままでいるのかは、取引先の種類や関係性を吟味して慎重に判断することが重要です。
課税事業者の場合
課税事業者には適格請求書発行の義務と権利がありますが、そのためには「適格請求書発行事業者の登録申請書」を所轄の税務署に提出し、登録番号を取得する必要があります。
この登録番号が記載されていないものは、適格請求書の要件を満たさないため、受け取った買い手側は仕入税額控除を受けられません。
インボイス発行の際は、登録番号の記載を絶対に忘れないでください。
【対象別】インボイス制度導入後に飲食店が行う対応
インボイス制度の導入後、飲食店が行う対応は以下の3つに大別されます。
- 顧客への対応
- 仕入先への対応
- 取引先への対応
なお、いずれも「適格請求書発行事業者=課税事業者」であることが前提の内容です。それぞれ詳しく解説していくので、参考にしてみてください。
顧客への対応
インボイスの記載条件には「書類の交付を受ける事業者」、つまり「買い手」の「氏名または名称」が含まれていますが、「不特定多数に対して営業を行う一定の業種」は事実上不可能として、これらを省略した「簡易インボイス」の発行が認められています。
飲食業もこちらに含まれますので、まずは既存のレシートを簡易インボイスに変更しましょう。簡易インボイスに記載すべき項目は以下の5つです。
・インボイス発行事業者の名称(店名)および登録番号
・取引年月日
・取引内容(品目、軽減税率の対象品目の場合は、その旨も)
・税率ごとに区分して合計した料金額
・「税率ごとに区分した適用税率」もしくは「税率ごとに区分した消費税額等」のどちらか
上記の要件を満たせば、手書きの領収書も簡易インボイスとして認められます。特に領収書を求められるということは、接待等の利用で経費として計上する目的である可能性が高いため、インボイスとしての体裁を整えることは非常に重要です。
仕入れ先への対応
仕入れ先が免税事業者である等の理由で、インボイスを発行しない/できない場合、こちらは仕入税額控除が受けられないというデメリットを被ることになります。
そのデメリットを受け入れるか、そうでなければ課税事業者になってもらう、もしくは消費税分を減額してもらう等の交渉をするか、対応を検討しなければなりません。
解決策や妥協案が見いだせない場合、可能であれば仕入れ先を変えるのも一つの手でしょう。
取引先への対応
こちらが売り手となって取引をする相手が来店する客以外にもいる場合、そして、それが課税事業者である場合は、買い手側に対して簡易インボイスではなく、正式な「適格請求書」を発行しなければなりません。
適格請求書に記載すべき項目は、以下の通りです。
・適格請求書発行事業者の名称(店名)および登録番号
・取引年月日
・取引内容(品目、軽減税率の対象品目の場合は、その旨も)
・税率ごとに区分して合計した金額、及び適用税率
・税率ごとに区分した消費税額
・書類の交付を受ける事業者(買い手)の氏名または名称
簡易インボイスとの違いは、適用税率と消費税額の両方を記載することと、相手事業者の氏名または名称が必要なことなので、注意してください。
飲食店がインボイス制度施行前にとるべき4つの行動まとめ
適格請求書発行事業者に登録
制度施行の2023年10月1日から適格請求書発行事業者としての登録を受けるためには、2021年10 月1日から2023年3月31日までに登録申請書を提出しなければなりません。
申請書提出の方法には、
・所轄の税務署へ持参
・所轄の税務署へ郵送
・e-Taxを利用した電子提出
の3つがあり、税務署による審査を経て、登録番号が通知されます。
登録番号のほか、適格請求書発行事業者の氏名又は名称、登録年月日などの情報も、登録次第インターネットを通じて公表されます。
レシート・請求書フォーマットの準備
来店客用の簡易インボイス(レシート)や、取引先用の適格請求書のフォーマットを準備するのも不可欠です。登録番号や税率ごとに区分した消費税額等、既存の請求書にはなかった項目も記載が必要になるので、制度施行日、もしくは、適格請求書発行事業者として登録されるまでにインボイスのレイアウトやフォーマットを用意しておきましょう。
自身でフォーマットを用意するのが難しい場合は、インボイス制度に対応したPOSレジを導入するのがおすすめです。POSレジは自動的に必要項目を網羅したレシートを出力できるため、インボイス制度導入後のレジ業務を大幅に効率化できるでしょう。スタッフのオペレーション改善にもつながるため、ぜひこのタイミングで導入を検討してみてください。
インボイス制度に対応した会計ソフトの導入
現状Excelなどの表計算ソフトで会計管理を行っている場合は、インボイス制度に対応した会計ソフトの導入を検討してみてください。飲食店が注力すべき点は、おいしいメニューの提供と心地よい接客、そして集客の強化。インボイス制度導入により事務作業の負担が増えてしまうと、本来注力すべきところが疎かになりかねません。
この機会に、利用者が多いクラウド会計ソフトや税理士指定の会計ソフトの契約を検討してみるとよいでしょう。顧問税理士と契約している場合は、一度相談してみるのがおすすめです。
仕入れ先・取引先の状況を確認
主たる取引相手が課税事業者か免税事業者であるかは、売り手としても買い手としても重要な問題です。
買い手である取引先が課税事業者の場合は、こちらも課税事業者としてインボイスを正しく交付することが必須ですし、売り手である仕入れ先が免税事業者でこちらが課税事業者の場合は、先方が適格請求書を発行できないので、今後の取引方法や取引そのものを考え直さざるを得ません。
インボイス制度の導入に際して、先方がどのようなスタンスなのかを確認し、適格請求書のやり取りをする場合は、売り手側の「適格請求書発行事業者の登録番号」や、インボイスの様式および交付方法などを確認しておくことをお勧めします。
飲食店も無関係ではないインボイス制度。対応はお早めに
飲食業の場合、主たる顧客はインボイスを必要としない一般消費者であるため、インボイス制度への対応と言われてもピンとこないかもしれません。しかし、会社の接待に利用されることもある店舗の場合、インボイスが発行されないことで飲食費を経費として計上できないからと、インボイスを発行する他の店舗にお客様が逃げてしまう危険があります。
年間売上高が1,000万円に満たないからといって免税事業者のままでいると、買い手である取引先が課税事業者で仕入税額控除を必要とする場合、敬遠されてしまう恐れもあります。事業規模を大きくしていきたいのなら、将来的には課税事業者として適格請求書発行事業者の登録をした方がよいでしょう。
そして買い手としても、適格請求書発行事業者となったあとは、取引のたびに仕入れ先からインボイスを交付してもらい、しっかりと保存すること。売り手として、こちらが発行したインボイスの控えを保存することも義務となることもお忘れなく。
canaeruでは、これから飲食店を開業する方に向けた無料開業相談を承っております。経験豊富なコンサルタントが、インボイス制度に関する疑問にもお答えしているので、ぜひご相談ください。
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この記事の監修
株式会社USEN/canaeru 開業コンサルタント
○会社事業内容
IoTプラットフォーム事業・音楽配信事業・エネルギー事業・保険事業・店舗開業支援事業・店舗運用支援事業・店舗通販事業。
○canaeru 開業コンサルタント
銀行出身者、日本政策金融公庫出身者、不動産業界出身者、元飲食店オーナーを中心に構成された店舗開業のプロフェッショナル集団。
開業資金に関する相談、物件探し、事業計画書の作成やその他の店舗開業における課題の解決に取り組む。
