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【コラム】「月刊食堂」通山編集長が事例から考える、飲食店のDX~ゑびや大食堂の場合~

【コラム】「月刊食堂」通山編集長が事例から考える、飲食店のDX~ゑびや大食堂の場合~

canaeruの開業支援セミナーでもおなじみ、通山編集長による書き下ろしコラム。
外食業界においても急激に浸透した『DX』という言葉。人の手をITツールで置き換える、飲食店のデジタル化は是か非か。数多くの飲食店取材を行ってきた通山編集長の目線で現代の飲食店経営について執筆。

創業100年超の大衆食堂。DXの目線は「効率化」ではなく「人による価値がある作業の選定」

 率直に言って外食業は「しんどい」ビジネスである。
 店内を隈なく掃除するのにも、精魂込めて料理をつくるのにも、目配り、気配りがある心尽くしのサービスをするのにも、なによりまず人の力がいる。さらにその人の力を育てるのもまた人であり、外食業が「労働集約型産業」といわれる所以はまさにそこにある。そしてQSC維持に労力をかければかけるほど、その労働力を安価に提供すればするほど、消費者の店に対する評価は高まっていく。これは動かしようのない事実であり、ある側面において「非効率の肯定」は正しい経営戦略といえるのだ。
 ただし問題は、働き手がその労働の質と量に見合った報酬を得られていないという現実だ。仕事はしんどい、にもかかわらず給与は低い。しかも日本の労働人口は減る一方で、移民受け入れも女性の経済活動参加も遅々として進まないとなれば、外食業の担い手は激減し、いずれ産業として衰退していくことは明白である。
 この問題に加え、いま外食業界は原材料価格の高騰、エネルギーコストの上昇、コロナ禍の後遺症という厳しい経営課題に直面している。コストプッシュと人材難という「四重苦」のもっとも理に適った解決策は外食価格の大幅引き上げしかないが、それと並行して働く人たちの労働生産性を上げることにも取り組まなければならない。その実現の手段として期待されているのが人の手による作業をデジタルに置き換えること、すなわちDXである。
 この推進という点において、きわめて革新的で説得力のある取組みをしている店が三重県伊勢市にある。当地きっての観光名所である伊勢神宮内宮近くに居を構える大衆食堂「ゑびや大食堂」がそれだ。
 ゑびや大食堂は創業100年を超える老舗大衆食堂であり、ここで働く人たちは「この道ウン十年」のベテラン揃い。創業家の娘婿である小田島春樹氏が経営を引き継ぐまでは、それこそ「食券とそろばんで家業を商う超アナログな店」(春樹氏談)だった。DXと無縁どころか、それとは真逆の風土と文化が根強く残る店だったわけだ。
 春樹氏が断行したDX改革は、たとえば気温や降水量などの気象データ、サイトアクセス数、前年売上げ実績などから1日ごとの来客数を予測し、それをワークスケジュール作成などに結びつけるシステムの導入をはじめ、ドリンクなどのストックがある重量を下回ると必要量を自動発注する「スマートマット」の採用など多岐にわたる(下記参照)。ただし、大事なことはこれら個々の取組みではない。ゑびや大食堂の試みで注視すべきは店で発生する作業を洗い出し、それを「人の力が価値を生む作業とそうでない作業」に仕分けてDX化を進めた点にある(下記参照)。「効率化すべき作業」というアプローチではなく、その逆の「人の力を省いてはならない作業」を選り分けた点がすばらしいのだ。

ゑびや大食堂(三重・伊勢)

 「ゑびや大食堂」は三重県伊勢市きっての観光名所である伊勢神宮内宮近くに店を構える。創業100年を超える老舗であり、定食や膳メニューなどの和食30品を揃える大衆食堂だ。2012年に創業家の娘婿であり、ソフトバンク㈱出身の小田島春樹氏が経営を引き継ぎ、DX化を推進。春樹氏の経営参画により、それまで1億円だった年商は5億円に伸長した。

ゑびや大食堂(三重・伊勢)

特製地魚の手こねずし定食

ゑびや大食堂が行った「人が価値を生む」かどうかの作業仕分け

ゑびや大食堂の作業仕分け図

来店客予測

自動受発注

掲げるべき大義は働く人たちの報酬を上げるための価格引き上げであり、生産性向上である

おもしろいのは、たとえばゑびや大食堂では「電話応対」を人の力が価値を生む作業と捉えてデジタル化を否定し、その一方で「オーダーテイク」は人の力が価値を生まない作業に仕分けてオーダータッチパネルの採用を決めたことだ。
 お客からの問合せや予約対応などに奪われる時間は積算すると膨大であり、作業の中断など働き手に精神的なストレスを与える業務でもある。だからこそ業界ではオンライン予約や自動音声システムなどの導入が進んでいるわけだが、一方でオーダーテイクは店のおもてなしの精神を表す接客の場であり、同時に商品を売り込むセールスの場でもある。レストランオーナーや居酒屋経営者にモバイルオーダーやオーダータッチパネル否定派が多いのはそのためだが、ゑびや大食堂の作業仕分けには、これとはまったく真逆の思考回路が働いている。主客層が観光客と地元客であり、かつ、お客がオーダーに迷うことがなく、プラス一品の注文も見込めない定食業態であることがその要因だが、まさに「人の力を省いてはいけない作業」に重点が置かれたアプローチなのだ。
 冒頭で書き連ねた通り、「非効率の肯定」はお客が自覚的に、あるいは無意識のうちに外食に求める価値のひとつであり、そのニーズは生活防衛本能に基づいた消費者の本音でもある。また、サービス精神旺盛な外食従事者たちが生来持っている「良心」が値上げや合理化を阻んできたという見かたもできるだろう。
 だが、それが外食業界で働く人たちの犠牲の上に成り立っているのなら、それは紛れもなく間違った正義である。そしてその拠りどころが良心だとするならなおさら罪が重い。なぜなら「お客さまのために」というスローガンはそれなりに説得力があり、その実現の裏にある問題点を隠してしまうからだ。その良心を持続可能にするために、まず掲げるべき大義は働く人たちの報酬を上げるための価格引き上げであり、生産性向上である。
 お客が外食になにを求めているのか、その期待に事業家としてどう応えていくのか。無理無駄の発見とその改善は、経営者自身の理念や事業観を見つめ直す絶好の機会になるはずだ。

▼SHOP DATA

三重県伊勢市宇治今在家町13
☏0596-24-3494
営11時~16時(L.O.15時30分) 無休
規模 90坪160席
客単価 2700円
月商 3000万円
※データは2020年当時

▼ライター

株式会社柴田書店「月刊食堂」 編集長 通山 茂之
数多くの外食繁盛店の取材を行ない、その豊富な知識を生かしてセミナーやTV出演などで情報発信を行なっています。

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