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2017/02/21

「信州ラーメンを全国ブランドに」。業界屈指のプレーヤーとなった塚田氏の原点とは?

田舎の繁盛店も都会では無力。ブランド力ゼロから育てた味が、唯一無二の力に変わった

  • 塚田 兼司/信濃神麺 烈士洵名

長野県内に「笑楽亭」「気むずかし家」などのヒット店を持ちながら、「信州ラーメンを全国区にしたい」と東京に進出してきた塚田兼司氏。今や都内にも数店舗を構え、業界屈指の実力派として知られるようになった氏だが、進出当初には、心が折れそうになる日々が続いたという。今回は東京進出の足がかりとなった「信濃神麺 烈士洵名」で、当時の苦労を振り返っていただいた。

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もともと長野県で店を持ち、順調に経営なさっていたそうですね。なぜ東京に進出したのでしょうか?

僕は前から、信州蕎麦に負けない、「信州ラーメン」のカルチャーを作りたいと思っていたんです。ただ、長野県内ではいくら頑張っても限界があるので、信州のラーメンを東京に持っていって、みんなが「長野に行ってラーメンを食べたい」っていう流れにできればいいんじゃないか、って思ったんです。実は長野にいる時から、日本のラーメン文化が、東京を中心に回っているのが気に入らなかったんですよ。「ラーメンは、東京だけで回っているんじゃねえぞ、このやろう」みたいな。田舎の劣等感ですね。

でも実際に東京に来てみて、信州ブランドの「ブランド力のゼロさ」に痺れましたね。奮起したのは、その「悔しさ」です。同じ思いを、孫の代、ひ孫の代にはさせたくない、絶対に東京のやつらには負けねえぞ、っていう強い気持ちをパワーの源にして、ここまでやってきました。その原点になったのが、この店ですね。

塚田 兼司

1971年長野市生まれ。高校生当時に自宅近くの「つけ麺大王」でアルバイトを始め、ラーメンの仕事に出会う。同店はのちに「笑楽亭」と改名。20歳となった時に店主から店を移譲されラーメン店主に。その後「けん軒」「武士(もののふ)」「気むずかし家」など、長野県内に新ブランドのラーメン店を展開。2004年に東京進出1号店として「烈士洵名」を開店。その後「魚雷」「悪代官」「チラナイサクラ」などを都内に展開。個性的かつ完成度の高いラーメンを提供し続けている。有限会社BOND OF HEARTS代表。

信濃神麺 烈士洵名http://bond-of-hearts.jp/shop_resshi02.html
東京都文京区西片1-15-

2004年開業。カマス干しを前面に押し出した淡麗系スープが店の看板。スープに信州地鶏や信州豚、メンマに信州産エリンギを使用するなど、信州産の食材を積極的に使う。麺は日本初の「大麦焙煎麺」のほか、信州小麦を使った細麺も選べる。焼肉定食やチャーハンなど食堂系のメニューも扱う。

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