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食をテーマに3年半で48カ国を旅した料理人。開業したのは究極のスパイス料理の店

今でも旅をしながら仕事をする。旅での経験を料理にフィードバックするために

  • 伊藤 一城/spice cafe

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東京・押上駅から徒歩10分以上、住宅街の裏道、そして、通りに面していない奥にある「スパイスカフェ」さんは、究極の「目的店」です。それでも予約でいっぱいになる理由は、研ぎ澄まされたお店のコンセプトと、3年半で48カ国を旅し、そして、開業された今でも年に1ヶ月は旅に出てそこで得たナレッジをお店に活かしているから。
料理人としても、経営者としても、独特な経験値を持っていらっしゃるオーナーシェフの伊藤さんにお話しを伺いました。

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世界を回る中で、「食」という文脈の中に「自分」を見つけた

ーー伊藤さんは、spice cafeをオープンする前に世界中を旅していたんですよね。飲食店をやろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
3年半で48カ国をまわり、多種多様な外国人と話す機会がありましたが、彼らは自己紹介をする時に、「私は○○だ」と名乗ります。プログラマー、教師、エンジニアというように。私はサラリーマンだったので、彼らのように自分が何者だとは言えなかった。そんなやりとりを重ねるごとに、手に職をつけたい、職人になりたいという思いが募ったことが最初のきっかけです。もともと食べることは好きでしたが、旅をしていく中で、料理が好きだという気持ちもより強くなりました。ホームステイ先で日本語を教えたお返しに、現地の料理を教えてもらったり、世界中の市場でいろいろな食材を知ったりすることが本当に楽しくて。こういうことに自分は最も興味を示すんだということを実感したので、旅の後半には料理人になろう、自分の店を持とうという気持ちが固まっていました。

ーー飲食店というといくつかジャンルがありますが、なぜスパイス料理に決めたのでしょうか。
帰国してイタリア料理店で修業をした際、自分の強みは何かと考えたことがあったんです。その時に浮かんだのがスパイス料理。さまざまな料理を世界中で見てきて、特にスパイス料理はまだ日本で広まっていなかったので、自分がやろうと思いました。その後インド料理店で2年、スリランカ料理店で1年修業をしてカレーなどスパイス主体の料理を提供するspice cafeをオープンさせました。

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スカイツリーも何もなかった押上に開業。そのハンデがモチベーション

ーー修業を終えて開店まで1年ほど期間をおいていますが、開店準備と並行して何かやられていたのですか。
食事会を開いていました。将来こんな店をやりたいんだけど、どうですかという感じで。5人くらいを呼んで作った料理を食べてもらい、値段やメニュー構成についてアンケートをとっていました。出していたのは前菜、カレー、デザート、コーヒーというカレーコース。当時まだ誰もやっていない内容のコースだったので、これがお客さんへ提供するものとして成立するのかどうか心配だったんです。でも皆さんあまり抵抗なく受け入れてくださったので手応えを感じましたね。最終的には100人ほどの方に食べていただいて、メニューもブラッシュアップできました。この時の経験が今のspice cafeに生かされているし、基本になったといっても過言ではありません。

ーー開店前に仕入れ、仕込みなども実践できますし、お店の宣伝にもなりますね。
まだその頃はスカイツリーもなく、押上という地名も知られておらず、立地としては悪かったですが、ある意味それがモチベーションにもなりました。通りすがりの人はたぶん1人も入らないだろうし、相当工夫をしないと誰も来てくれない。この場所まで人を呼ぶためにはどうしたらいいのかというのを必死で考えていましたね。

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ーーここで修業をして独立されたスタッフの方もいらっしゃるそうですが、独立したいという人にアドバイスがあれば教えてください。
「何か仕事をしている時にそれを作業にするな」と、よく話します。例えば、小松菜を切ってざるで洗うよう言われた時に、目的もなくただ切って洗うだけでは意味がない。その小松菜をどう料理するかによって、ものすごく丁寧に洗うべきなのか、さっと洗うべきなのか、答えは違ってくる。それにその時の状況によって、必要なスピード、精度も変わってきます。答えは一つではないかもしれないけれど、より正しい答えがある中で、目的を見失ってただ作業をするのではなく、お客さんのお皿の上に届く瞬間、つまりゴールを常に意識して作業をしなさいということをよく言います。

無生産の時間を作らない、その積み重ねが永くビジネスをやる秘訣

ーー今年で15年目となりますが、お店が長く続いている理由を伊藤さんご自身はどう捉えていますか。
日本で食べる、日本人のための、日本人が作るスパイス料理を出すというコンセプトが最初からブレていないのも理由の一つだと思いますが、何より私はオンとオフを一緒にしたかった。海外旅行は大好きですから、旅をしながらどうにか仕事ができないかという考えが最初にあったんです。そんな時、旅先のトルコで出会った陶芸家の話がとても衝撃的で。彼らは毎年何ヶ月か休んで旅をする。その年も中国からトルコまでユーラシアを横断しながら行く先々で陶芸を学び、帰ってきたら工房で作品を作る時に反映させるんだと。その話を聞いた時、料理でもできる!と思いました。それから、私も毎年2月は店を休んで海外に行きます。例えばインドのゴア地方に行ったら、ゴア料理を勉強して、帰国したら自分なりのゴア料理をメニューに加えるということを繰り返す。休みたいという気持ちがないわけではないですが、オフの時間が料理とかけ離れることはありません。もしも今何でも好きなことをしていいと言われたら、デンマークのnoma(※編集部注:世界のベストレストラン・ランキングで1位を獲得したレストラン)で食事をしてみたい。それは仕事か休みかというと微妙なところですよね。オフの時間で学んできたことをお客さんに表現すると、その反応が返ってきて、それがビジネスとしても成り立っていることはとても楽しいです。こんなに魅力的な仕事はないと思います。

無生産の時間を作らない、その積み重ねが永くビジネスをやる秘訣

ーー無生産の時間を作らない、その積み重ねが15年という時間を築いたんですね。今後の展望や、やりたいことをお聞かせください。
今、夜メニューでは、インド料理ではなく、日本の季節の食材を使ったスパイステイスティングコースをやっていますが、このインド料理を超えた、日本人にしかできない新しいスパイス料理を世界に向けて発信していきたいですね。そのためにも、もっと店を良くして、予約が取れないくらいの店にすることが一番身近な目標です。

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伊藤 一城

伊藤 一城

大学卒業後、4年間の会社員生活を経て、食をテーマに世界一周の旅へ出発。3年半で48カ国をまわる中で南インド料理に衝撃を受け、帰国後、インド料理店などで経験を積む。生まれ育った町・押上にあった実家所有の築50年以上の木造アパートを自ら改造し、2003年11月に「spice cafe」を開業。

spice cafe

spice cafehttp://spicecafe.jp/
東京都墨田区文花1-6-10

南インドなどの本場で学んだスパイス料理をベースに、日本で食べる日本人のための日本人が作る
スパイス料理を表現する空間として2003年11月オープン。代表的メニューのラッサム(豆のだしとトマトを合わせたものにタマリンドの酸味をきかせたスープ状のカレー)は、日本人の舌と日本米に合うようにオリジナルレシピで提供している。完全予約制の夜のコースは月替わりメニューで提供する他、異なるジャンルの料理人とのコラボレーションディナーも不定期で開催する。

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