お店のこと、はじめる前も、はじめた後も。

  • HOME
  • 叶えた人インタビュー
  • 10年間変わらないのは「美味しくしようとする気持ち」だけ。日々進化し、変化を続けている小さな名店「麺処ほん田」

2018/05/11

10年間変わらないのは「美味しくしようとする気持ち」だけ。日々進化し、変化を続けている小さな名店「麺処ほん田」

僕は自分で作るラーメンだけが、「麺処ほん田のラーメン」だと思っています。勉強を続けて、進化を続けて、常にこの業界の第一線を走っていたい。

  • 本田裕樹(ほんだ ゆうき)/麺処 ほん田(ほんだ)

東京都北区東十条。昭和の情緒あふれる商店街と静かな住宅地が広がるこの街に、21歳の若者がラーメン専門店「麺処ほん田」をオープンさせたのは2008年のこと。それから10年の月日が経ち、東十条の小さな店は、全国区に名を轟かせる名店となった。開業時からなんら変わらない、カウンターだけの小さな店舗には、雨の日でさえも長蛇の行列ができる。店主の本田裕樹氏は31歳となった今も、変わらず店の厨房に立ち、すべてのラーメンを自らの手で仕上げている。そこにはどんな思いがあるのか、本田店主にお話を聞いてみた。

若干21歳でラーメン店をオープン。その経緯とは?

――ラーメン屋を開業したきっかけを教えてください。
高校生の時に3年間、ラーメン屋さんでアルバイトをしていて、それがこの業界を経験した最初のきっかけです。そのあと2年間、東京でフリーター生活をしていたんですが、その時の生活がすごく楽しくて。「東京で仕事をやりたいな」と思っていましたけど、人に怒られながら仕事をやるのも嫌だったので(笑)、「じゃあ、自分でお店をやろう」と思ったんですね。
ラーメンだったら人よりもちょっと詳しかったので、それから地元に帰って、僕の師匠でもある田代浩二さん(「麺屋こうじグループ」代表)のところで1年間、勉強をさせてもらいました。

こうじグループには弟子の独立をバックアップしてくれる仕組みがあって、浩二さんが物件を見つけてきて、独立したいという弟子に「お前が店長でやれ」ってことで店を任せてくれるんですね。で、そのまま好調なら、店を買い取って自分のものにできると。僕もそのシステムを使わせてもらって、ここのオープンから1年ぐらい経った2009年の1月に店を買い取って、名実とも自分の店になりました。

本田裕樹(ほんだ ゆうき)

1986年7月生まれ。茨城県牛久市出身。高校時代に地元のラーメン店でアルバイトを経験し、その後ミュージシャンを目指して上京。2年間のフリーター生活を送る。20歳を前に「自分の店を持つ」ことを決意し、茨城に戻り「麺屋こうじグループ」に入門。1年間の修行で「牛久大勝軒」と「佐貫大勝軒」を経験。2008年2月、21歳の時に田代浩二氏のバックアップのもと「麺処ほん田」を開業。1年後にはオーナーとなる。2011年に東京駅構内に支店を出し4年間経営。2012年には大宮「niji」と赤羽「夏海」の2支店を出店。

麺処 ほん田(ほんだ)http://honda-japan.jp/
東京都北区東十条1-22-6

東十条駅南口から徒歩5分のロケーションにある、カウンター9席のラーメン店。常に行列が絶えない店として知られる。現在のスープは、鶏を主体とした「あっさり」と、豚を主体とした「こってり」の2本建て。「あっさり」は醤油と塩のラーメンに、「こってり」は魚介醤油味のラーメンとつけ麺に使われる。麺は「心の味食品」に特注した麺を仕入れ、中でも平打麺がユニーク。オーダーごとに本田氏が手揉みを加え、唯一無二の一杯を生み出している。

つづきをよむ→

会員登録をすると
続きをご覧いただけます。

会員登録していただくと、
その他のコンテンツも
“ずっと無料”でご利用できます!
・500記事以上!儲けるための開業・経営・資金の情報が盛りだくさん
・充実の店舗物件情報!約1000件の物件情報を掲載!
・【会員限定】お役立ちコンテンツがダウンロードし放題!

PAGETOPへ