ブロカントで統一された趣きのある店内と、スパイスを楽しめるお茶や料理。心地よい類稀れな空間が人々の心を離さない阿佐ヶ谷のカフェ

大通りから一本入った住宅地にひっそりと佇む、阿佐ヶ谷の隠れ家的カフェ「cafe spile」。古道具が散りばめられた居心地のいい店内には、地元の主婦はもちろん、カフェに馴染みの薄い高齢のお客様やランチに訪れる会社員など、老若男女が集う。オープンから5年。着実にファンを増やしてきた秘訣を探りました。

知らない土地での開業よりも、知っている土地で。夫婦でスタートさせたカフェ

――とても素敵なカフェですが、起業したキッカケを教えてください。
もともとホテルで働いていて接客をすることが好きでしたので、お客様が集える空間をいつか持ちたいという願望はありましたが、お店のことを具体的に考え始めたのは2005年くらいからです。主人と私はバイクが趣味なので、最初はどこか田舎でペンションとかライダーズハウスのような宿泊施設がしたいね、と話していました。そこで、山梨や長野の物件などを何年かかけて見て回っていたのですが、いきなり慣れていない土地で生活し始めることを考えると、冬のオフシーズンに不安を感じてしまいました。それで、都内でカフェをやろうと路線を変更したのです。

――なるほど。お店の場所を阿佐ヶ谷にしたのは理由があったんですか？
人も多いですし土地勘のある中央線沿線がいいなって思っていました。高円寺も吉祥寺も自分たちがイメージしている客層より少し若い感じ。そこでどうしようかなと思っていたときに、たまたま阿佐ヶ谷で降りる機会があって「いいかも」と思いました。住宅街だったのも決め手です。繁華街中心ではない場所を希望していました。

――具体的なイメージがあったんですか？
個人的には大通り沿いや商店街にあるお店よりも、一本入った路地にあるお店が好きなのです。巡り合ったときに「え？ここにこんなお店が？」という驚きと、「見つけた」という嬉しさがあると思うので。

――2005年に考え始めて、実際にお店をオープンしたのはいつですか？
2012年の6月です。夢はいくらでも浮かびますが、主人も私も会社員をしていたので2人とも会社を辞めて収入が不安定になることには、一大決心が必要でした。7年の間、会社員をしながらGWや冬休みなどの長い休みには、知り合いのペンションにお願いして泊まり込みで研修させてもらったり、旅館にもアルバイト兼研修生という制度を採用しているところもあるので、そこで勉強したりしていました。

――体験してみて、何か発見はありましたか？
そうですね。現実は厳しいという面と、厳しいけれどここまでやれば成立するっていう面が見えてきました。現実に即した自信ができたので、踏み出す勇気になりました。

――ご夫婦で準備を重ねてきて、2012年の6月に満を持してオープンさせたんですね。
そうです。でも、最後は勢いもありました。2011年の東日本大震災を経験して感じたんです。人生、明日どうなるかわからないのだから、「やりたいことはやらないと」と。背中を押された気がします。

――ご夫婦の役割は？
もともと料理が得意だった主人が、調理と経理と設備を。わたしがホールと企画と店舗運営を主に担当しています。

――スパイスのどういうところに惹かれているんですか？
スパイス料理やカレーが好きで、2005年あたりからいつかの起業を夢見ながらスパイスの料理教室に通っていました。そこでさらにスパイスを好きになって、お店で出す料理の方向性も自然と固まっていきました。実際、メニューの多くにスパイスを使っています。『spile』というお店の名前もスパイスからきていて、"spice for smile"を短くした造語なんです。「スパイスで笑顔に」「スパイスで元気に」というような意味を込めています。
スパイスが入っていると食べたときに感じる一癖。そんな変化球感が好きです。紅茶に入れるだけでいつもの紅茶とちょっと違って、リフレッシュできたりします。体を温めたり、免疫力を上げたりと漢方みたいな使い方もできます。

――レトロな内装も統一されていてとても素敵です。コンセプトはありましたか？
"ブロカント"（長く大切に使われている古道具の意味）です。真新しいピカピカな空間よりも、古いものを集めることで不思議と落ち着くようにしたかったんです。とにかく居心地のいいお店にしたくて。

こだわりの内装を実現するために、大好きなカフェの建築士に自らオファー

――施工会社に頼みましたか？
大好きなカフェがあって、そこのオーナーが建築士でもあるんです。知り合いでもないのに直接メールして「カフェをやりたいんですが、総合プロデュースをお願いできませんか？」とダメもとでオファーしたんです。そうしたら快諾してくださってお願いすることになりました。

――もともと居抜き物件なんですか？
はい。一番最初は床屋さんだったらしいです。そのあと飲食店が何回か変わったみたいです。通りすがりのおじさまに「ここ場所悪いんだよ」と言われたこともありましたが、絶対場所じゃない！と思って頑張ってきました。

――お店をオープンしてから5年以上経ちましたが、苦労したこととか、大変だったこととかはありましたでしょうか？

そうですね、オープンして半年は素人の夫婦二人だけでやっていたので、時間配分や手の抜きどころがわからず、9時に来て掃除から始めて夜中の1時2時まで働いてっていうのを繰り返していてヘトヘトになりました。無駄なこともたくさんしていたと思います。徐々にお客さんが増え始めてきた頃を見計らって常連のお客さんが「雇ってもらえませんか？」とスタッフに立候補してくださって。そこから今ではいろいろと任せられるスタッフも増えてだいぶ楽になりました。

――集客面での苦労はありましたか？
大通り沿いでないので難しいかなと思ったのですが、口コミで順調に広がってくれたと思います。最初のお客様が後日お友達を連れて来てくれて、そのお友達がまたお友達を連れて来てくれる3〜40代のママさんがメインというパターンが多かったのではないかと思います。難しかったと思うのは5～60代からの年齢層。外からお店を見ている方がいらっしゃったら「お食事だけでも、コーヒーだけでもいいんですよ」と丁寧に説明するようにしていました。最初はあまり寄ってもらえなかったのですが、料理にも力を入れているので口コミで少しずつ増えているのを感じます。今では特にランチには20代から70代まで幅広い年齢層のお客様が来てくださいます。オープン当初は街の人にお店の存在を知ってもらうために、店頭やホームページやSNSで告知してイベントをしたりもしました。音楽ライブをしたり、苔玉つくり教室をしたり、手相占いを催したり。今は通常営業を利用するお客さんが多いので、なかなかイベントを催すことが出来ずにいるのですが、またいつかやりたいですね。ちなみに今では唯一、毎年秋の阿佐谷ジャズストリートにライブ会場の一つとして毎年参加し続けています。

カフェの料理にひと工夫。美味しくても単純すぎる味はNG！その理由とは？

――料理に力を入れているということでしたが、メニュー開発で工夫されているところはありますか？
基本的には、自分たちが食べたいものをつくっています。ただ、美味しくても単純すぎるものはつまらないからNG。食べたときに、例えば「この香りはなんだろう」「この味は◯◯かな」と思わせてくれるような複雑な美味しさを目指していいます。あとは、わたしたちが食いしん坊でしっかり食べたい派なので、カフェらしからぬボリュームも大事にしています。

――お店を立ち上げて6年弱。一大決心してお店をやってよかったと思いますか？
そうですね、人が集まれる空間をつくることができたのは本当に嬉しいことです。いろんな方が来てくださって喜んでいただいて、仲間がたくさん増えたのが一番の喜びです。