お店のこと、はじめる前も、はじめた後も。

2018/01/29

日々「進化」を遂げ続けること10年。ラーメン専門誌で常に高い評価を得る塩ラーメンの名店

自分だけの、「ブレない何か」を持つことが何よりも大切。不利な立地条件は、「それくらいのやつを作ってやろう」という決意です

  • 関口信太郎(せきぐち しんたろう)/町田汁場 しおらーめん 進化

東京、町田市の中心市街地から歩くこと約15分。いくつものラーメン店を横目に見ながら歩き続けた先に、塩ラーメン専門店「進化」はある。通りからはその存在が見えず、とても商売向けとは思えない立地だが、「進化」はこの場所に2007年に開業し、それ以来10年もの間、絶えずお客様を魅了。そして、いまでは町田駅前店、中山店という支店も展開している。また、首都圏を対象にしたラーメン専門誌では毎回「塩ラーメンランキング」の最上位クラスにランクインするなど、ラーメンマニアからも高い評価を集めている。マイナーな存在である塩ラーメンを主役に据え、それ1本で店を成り立たせた理由は何だろうか。店主の関口信太郎氏にお聞きした。

独立を前提に、ラーメンの名店「せたが屋」で修業を経験!

――ラーメン店の開業に至った経緯と、それまでのキャリアを教えてください。
子どもの時からラーメンがすごく好きだったんです。料理をするのも大好きで、ちっちゃい時から包丁で野菜を切っていました(笑)。でも、当時はまだ「料理人になりたい」という感じではなくて…。
10代の頃は音楽に夢中。音楽をやりながらアルバイトをしていました。
ラーメン屋は19歳の時にアルバイトで入り、そこから何軒かのラーメン屋で働いて、そのうちに「もっといろんな料理を作ってみたい」と思うようになったんですね。それで創作料理のダイニング、天ぷら屋さん、焼肉屋さんなどでも働きました。でも、いざ飲食を仕事にしようと思った時に、「やっぱりラーメンの世界が魅力的だな」と。それで世田谷にある「せたが屋」というラーメン屋で働くことになったんです。
「せたが屋」は当時まだ珍しかった「二毛作」(昼夜で違う味のラーメンを出す業態)をやっていたお店で、すごく新鮮でした。「これからすごいお店になっていくんだろうな」という予感がしていましたね。
最初から「将来は独立したい」という話は社長にしていて、「じゃあ3年ぐらいかな」っていう感じで、独立するために学ばせていただいたという感じです。そのうち昼営業の塩ラーメン専門店「ひるがお」の店長になって、次の年にできた「ひるがお新宿御苑店」では立ち上げから店長をやらせていただきました。すごくいい勉強になりましたね。「せたが屋」では3年やって、26歳の時に、ここに「進化」を作りました。

関口信太郎(せきぐち しんたろう)

1981年東京出身。高校以降は町田市成瀬で暮らし、音楽に没頭するかたわらでラーメン店のアルバイトを経験。その他の飲食業も経験したのち、03年に世田谷区の名店「せたが屋」に入門。独立を前提に3年間を勤め上げ、その間に同店支店である塩ラーメンの専門店「ひるがお新宿御苑店」の店長に。07年に独立し、町田市森野に「町田汁場 しおらーめん 進化」を、14年には町田駅前店、17年には中山店を開業。ラーメンの鬼として知られた故・佐野実氏を尊敬し、素材の追究を続けながら、さらなる味の進化を目指している。

町田汁場 しおらーめん 進化https://twitter.com/shioramenshinka
東京都町田市森野3-18-17

町田駅から徒歩15分ほどの場所にある塩ラーメン専門店。2007年に開業し、当初のメニューは「しおらーめん」、「煮干塩」の2種のみ。現在は「しおつけ麺」と「白醤油」をプラスし、4本立てのメニュー構成となっている。麺はすべて自家製麺で、本店の隣に製麺所を置き、メニューに合わせた4種類の麺を製造している。国産小麦を使ったしなやかでのど越しの良い麺が特徴的で、スープとの相性を第一に考えているため、「麺固め」「大盛」といったオーダーは受け付けていない。町田市内に「町田駅前店」、「中山店」の2つの支店を構えており、こちらも本店同様に、塩ラーメン専門店として営業している。

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