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経営危機!こだわりもん一家を展開する居酒屋チェーン、一家ダイニング復活の秘密
「おもてなしの心」を伝えリピーターになってもらうために、立地に左右されてない「目的店」を目指して
- 武長太郎/一家ダイニングプロジェクト
20歳の頃は「一気に50店舗くらい開店できると思っていた」。
こだわりもん一家などを展開する居酒屋チェーン、一家ダイニングプロジェクト。今現在は順調に店舗数を拡大していますが、かつては銀行から融資を断られ、社員も相次いで退職するという、大きな経営危機があったそうです。なぜ、そのような事態になったのか。そして、どのようにしてそのピンチを乗り越えたのか。武長社長にお聞きしました。20歳で開業?こだわりもん一家を展開する一家ダイニングプロジェクトのはじまり
ーー一家ダイニングの1店舗目となる本八幡店を、20歳の時にオープンしていますが、開業準備は物件探しから始めたのでしょうか?
私が小さい頃から、母がクラブのラウンジで働いていて、今も現役のママなんです。その母のところに、お店をやっている知り合いが、店を閉めたいという相談に来まして、そのお店を譲ってもらえることになったんです。それが1店舗目です。
母に連帯保証人になってもらい、銀行からお金を借りて、和風のダイニングバーがいいなと思い、素人ながらもコンセプトから内装まで、かなりこだわって決めました。当時、従兄弟が一級建築士だったので、「出世払いで払うから」とお願いをして、デザインや設計をやってもらえたので助かりましたね。ーー20歳の時にはすでに、飲食店を開きたいと思っていたのでしょうか?
大学生になって母の店でアルバイトを始めたのですが、仕事がすごく楽しくて。入学してすぐ、大学へほとんど行かなくなってしまったんです(笑)。そんなこともあり……1年生の夏に、将来のことを決めるための一人旅に出ました。
熊本まで行ったところで、手持ちのお金がなくなってしまい、そこでもアルバイトをしました。その時一緒に働いていた人に連れていってもらった1軒のバーがとてもアットホームな雰囲気で、マスターもお客様も本当に楽しそうに過ごしている店だったんです。そこで「自分でもこんなお店を出したい」と思ったんです。
母親には猛反対されましたが、大学を辞めて、サービス業の勉強をするためにホテルで働くことにしたんです。休日は母の店でバイトもして、とにかく毎月10万円ずつ貯金していたところ、空き店舗の話しが舞い込んで来たんです。ーーお店はすぐ軌道に乗りましたか?
経営者として、知識も経験もないままのスタートでしたから、最初はクレームの嵐でした。開店して間もなくは、新しいお店に興味を持ったお客様が大勢来てくださったのですが、料理は遅い、ドリンクの提供のタイミングもうまくいかず……、閉店後は毎日反省会でした。
反省会では自分がお客様だったら、どうして欲しいのかということを、当時働いていた13人のアルバイトさんと徹底的に話し合いました。その中で、少しずつルールが決まっていき、半年経った頃には地域で一番の繁盛店になりました。マニュアル管理で暗雲?経営危機が一家ダイニングプロジェクトに訪れる…
ーーそれから新店を続々とオープンされていますが、その過程で失敗や挫折などはなかったのでしょうか?
ありますね、というのも、4店舗目くらいまでは本当に順調でしたが、5店舗目でピンチを迎えました。それをきっかけに、毎年売り上げが2割ずつ落ちていくという、当社全体が低迷する時期に入ってしまったんです。
実は……それまで僕は「一気に50店舗くらい開店できるんじゃないか」と思っていました。そのためには、僕が現場に入らなくて済むように、マニュアルでお店を管理して効率よく運営しようとしていた時期です。5店舗目がうまくいかなくなったのは、このマニュアルでの管理を始めた矢先のことでした。
銀行からも融資を断られ、営業時間を伸ばしたりもしたのですが、やはりうまくいかない。しかも、そこで僕はあろうことか、経費削減のために従業員の社会保険を止めてしまったんです。今考えると、お客様はもちろんのこと、一緒に働く仲間も大事にしたいと考えている会社で、“一番やってはいけないこと”をやってしまったんです。当然、社員はみんな辞めてしまい、その時は本当に苦しくて、もう辞めたいと思っていました。ーーそんな苦境をどのようにして乗り越えたのでしょうか?
当時開始していた新卒採用がきっかけで、目が覚めましたね。ある日、お店を覗いたところ、決して器用でもなく、必ずしもきれいな仕事ぶりではないのですが、新入社員が一生懸命、汗を流して働いているんです。その姿を見て、僕は自分の身勝手さに気が付いたんです。「新卒採用をするとき、自分はあんなに大きな夢を語っていたのに、今は、もう会社を辞めたいと思っているなんて……」と。
それからは、自分が二十歳で繁盛店を作ったときのスタイルへ原点回帰しました。現場の社員やアルバイトがやりたいことに率先してチャレンジできるような会社にしよう、彼らのやりたいことを実現する、それを自分の仕事にしようと思ったんです。
だから、それまでトップダウンでやっていたマニュアルもすべてやめて、現場が主体になる店作りにシフトしていきました。マニュアルではできないことがある!一家ダイニングプロジェクトの接客の秘密とは?
ーー具体的には、どのようなことをされたのでしょうか?
例えば、ブリのお刺身を注文されたお客様が会話に夢中になっていて、そのブリが乾いてしまったら、美味しく召し上がっていただけません。その時に小さな鉄鍋に少し野菜を入れて持っていき、“ブリしゃぶしゃぶ”にすれば、また美味しく召し上がっていただけますよね。そういったサービスをしてみたいと提案してくれるアルバイトさんからの意見を積極的に取り入れるようにしています。これは、やはりマニュアルではできないことですから。ーーズバリ、一家ダイニングの繁盛の秘訣を教えていただけますか?
大々的に広告を打ってお客様に来ていただくことよりも、リピーター戦略を大切にしています。一家ダイニングの売り上げは、ほぼリピーターによって成り立っているんです。
いかにして月に1回来ていただいているお客様に2回来ていただけるか、週に1回来ていただいているお客様に2回来ていただくか、そういったサービスを従業員全員で追求しています。
新店舗を開店するときも、立地の良し悪しに左右されずに足を運んでもらえる「目的店」でありたいと思っています。ーー最後に、これから飲食店を開きたいと思っている方々へアドバイスをお願いできますか。
飲食店というのは、始めるのは簡単だけど儲けるのはすごく難しい、そして、継続することはさらに難しいものです。でも仕事は本当に楽しいですし、自分のサービスがお客様に喜んでもらえると、お金以上の幸せを感じますから、非常におすすめです。
現代の情報化社会の中で、繁盛しているお店はすぐ分かりますから、すぐ見に行くこともできますしね。本気でやりたいと思ったら、これ以上、やりやすい社会はないと思いますよ。武長太郎
1977年、千葉県生まれ。20歳で起業し、本八幡に「こだわりもん一家本八幡店」を出店。現在は日本とハワイに32店舗の飲食店と、ブライダル事業を展開。
一家ダイニングプロジェクトhttp://www.ikkadining.co.jp/company/
東京都港区芝公園3-5-12 長谷川グリーンビル3F「おもてなしの心」を伝えたい、お客様の第二の我が家でありたい、という思いで日本全国にサービス業を展開。居酒屋や鮨店、イタリアンなどをはじめ、ブライダル事業なども展開しています。
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