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出張料理人として全国でカレーを振る舞う傍ら、カレー教室の講師やカレー本の執筆、本格カレーを自宅で作れるスパイスセットの通販サービス「AIR SPICE」の代表など、多岐に渡る「カレー活動」で知られる水野仁輔さん。そんな水野さんが中心となり、「俺たち、カレー屋になるわ」という合言葉で集まったメンバーの中から、鹿島冬生さんが東京・戸越にカレー店を開業することに。「カレー屋は儲かるのか?」という永遠のテーマと、開業までの道のりを5回の連載で追っていきます。
きっかけは、「カレーで何かやりたい人がいたら一緒にやりませんか?」の呼びかけ
――水野さんのカレー活動の始まりは、地元のカレー屋さんの味が忘れられなかったからだとか。
水野:そうそう、地元にある「ボンベイ」というお店に学生時代に通い続けてカレーが好きになったんですよ。それから東京に出てきて、自分で作るようになって、友達を呼んでカレーを作ったりするのが楽しかったから、それをいろんな場所でやっていこうと始まったのが「東京カリ~番長」っていうグループなんです。そこから18年、全国でイベントをやり続けて、そのうち本を出版するようになって、カレーの専門家と周りが認識し始めたんですよね。未だに僕にはそういう自覚はなくて、あくまでも「出張料理人」として全国各地でカレーを作り続けていて、それは今もこれからも、です。これまではずっとサラリーマンをやってたんですけど、今は昨年立ち上げた「AIR SPICE」というスパイス販売サービスの代表をやっています。――調理師免許もお持ちとのことですが、カレー屋さんに修行に行かれた経験もあるんですか?
水野:インド料理屋で働いたことはありますが、修行したわけではないです。調理師免許も持ってますけど、一回も使ったことないんですよ。そう言えば勘違いしている人が多いかもしれないんですが、「調理師免許」って店を開くために必要な訳ではないですからね。僕も何のために取ったんだろうってくらい。――では、鹿島さんがカレーを作り始めたきっかけとは?
鹿島:子どもの頃は普通にカレーが好きですよね。でも、ウチはちょっと変わってて、子どもの頃にナイルレストランに連れて行ってもらったんですよ。そこで売ってたカレー粉を買って、親がカレーの作り方を訊いてきたんです。だから、僕が中学生くらいの頃からウチのカレーはルーで作るんじゃなくて……。
水野:カレー粉だったの!? へぇ~!それは、家族が料理好きだったってこと?
鹿島:そうです。なので、少し変わってるんですよ。
水野:確かに変わってますね。その年頃の子どもを連れてナイルレストランに行くことはあまりないですよ。――お店で食べたカレーではなく、家庭で食べたスパイスカレーが衝撃だったんですか?
鹿島:衝撃、ってことじゃなくて、そういうカレーが普通に食卓に出てたんですよ、ウチでは。
水野:子どもの頃に、ビリビリくるくらいの衝撃を料理で受けることってあまりないと思うんですよね。大人になって振り返れば、あれがベースになっているんだなって思うんですけど。僕も「ボンベイ」はいつの間にか好きになっていたので。「この一皿で人生が変わった!」みたいな話もたまに聞くんだけど、僕はそういうの一回もないんですよね(笑)。鹿島さんもそうではなかったってことですよね。
鹿島:まぁ、そんなことがあって、大学生くらいの頃から自分でも作るようになりました。――それは、ご家庭がそうだったようにスパイスを調合して作ったんですか?
鹿島:そうですね。――ルーで作るカレーを通ってないってことですか?
鹿島:いやいや、そういうのも作りましたよ(笑)。でも、ウチではこうやって作ってたよねっていう。それからずっとカレーを(趣味で)作っていたんですけど、3年くらい前に会社で働くのがちょっと嫌になっちゃったんですよね。インテリア業界に20年くらい居たんですけど。
水野:どんな仕事をしていたんですか?
鹿島:僕はWEB関連とか輸入周りとか。いろんなことを20年近くやってたんですけど、リーマンショック以降売り上げが頭打ちになって、売り上げとか利益の話にしかならないんですよ。それがもう嫌で嫌で悶々としてたんです。僕が入社した頃はカッコよかったんですよ。アンティークのお店だったんですけど、そんなの周りになかったし。ところが、だんだん時代が変わって、会社も徐々に大きくなって、社員数も増えるじゃないですか。そうなると、カッコよかった部分が薄くなるんですよ。最初は尖がった社員がたくさんいたのに、どんどん削られていって丸い人ばかりになって。
水野:マーケティング思考で「とにかく利益を出しなさい」って方向に行くと、尖がってて好きだったはずの業界に嫌気がさしていくってことだよね。
鹿島:つまんねぇなぁって。
水野:それはすごくよくわかる。
鹿島:そんなことがずっと続いていて、辞めたいなって思ったんですけど、辞めるっていっても、その後どうするかなぁ、って。
そんな中、水野さんのサイト「イートミー計画」(現:「カレー計画」)を見たんです。そこで、スタッフ募集があったんですよ。
水野:ものすごくフワっとした記事を僕がサイトに上げたんですよ(笑)。――どんなスタッフの募集をしたのですか?
水野:いや、だから具体的に何も書かない募集だったんです(笑)。「カレーで何かやりたい人が居たら、一緒にやりませんか?」くらいの。しかも当時は事業でやっているものじゃなく、趣味でやっていたので雇用できる訳じゃないんですよ。だから「スタッフ募集」って掲げているけどお金は払えませんみたいな……。すごく如何わしい内容で(笑)。とにかくカレーに興味があって、何かやりたいって人と出会いたい、コミュニケーションを取りたいっていう気持ちがあったので、どんな反応があるか試してみたんです。――そしたら見事に反応があったと(笑)。
水野:そう、見事に!(笑)。
鹿島:4年前でしたね。
水野:意外にも20人、30人くらいから連絡があったんですよ。大阪や福岡の人もいたから、そういう人たちとは物理的になかなか会えないのでメールのやりとりをして、都内で会えそうな人とはできるだけ会ってたんです。それで一緒に何かが始まった人もいるし、途中で保留になった人、いろんなフェーズの人がいるんだけれど、わりと「水野さんがやりたいことを手伝いたいです!」って人が多かったんですよね。――自分で何かをするより、水野さんのお手伝いがしたいと。
水野:そうそう。やってることが面白そうだから、何でもいいから手伝いたいです、みたいな人が多くて。それも嬉しいんだけど、好意に甘えて無償で手伝ってもらうのは僕もチョット気が引けたので。だから、やりたいことがある人に対して、僕が今持っているものでサポートできるなり、刺激が与えられるようなことになればいいなと思っていたんですけど、そんな中、鹿島さんは初めて会った時からやりたいことが明確だったんです。
鹿島:そのときに、カレー屋をやりたいと。実は、その前に水野さんのカレーを初めて食べる機会があったんですよ。
水野:あっ、そうなんだ!――初めて食べた水野さんのカレーはどうでした?
鹿島:美味しいんだけど、「あれ、ちょっと待てよ。俺のカレーも美味いわ」って思ったんですよ。
水野:(笑)。
鹿島:それで、これはイケるなと思ったんですよ(笑)。
水野:すごい(笑)。僕のカレーが勇気を与えたんですね。
鹿島:その後にスタッフ募集を見掛けて連絡したんです。――自分のカレーもイケるな、という確信に変わったときに、水野さんにどんな相談をされたんですか?
鹿島:そのとき僕は、水野さんはすでにカレーで食ってる人だと思ってたから、そこに入り込めたらいいなと思ったんですよね。そしたら「サラリーマンです」って言われて、「えっ!?」みたいな。それから水野さんと繋がって、いろんな人を紹介してもらって、みんなで集まるようになったんですよ。
水野:それがDADA CURRY PROJECTの始まりですね。「カレー屋は儲かるのか?」から始まった、“DADA CURRY PROJECT”
――なぜプロジェクト化しようと?
水野:鹿島さんがやりたいことっていうのは、僕の一番苦手な分野だったんですよね。カレー屋をやるっていう経験が僕にはないから、そこに僕は惹かれたんですよ。僕は自分の持っているものを与えられることに価値を感じるけれど、やっぱり欲張りだからそれだけじゃ嫌なんです。自分に無いもの、自分が知らないものを同時に学びたいから、鹿島さんが会社を辞めて「店をやりたい」っていう方向に進むとしたら、僕も一緒に学べるなって思ったんですよ。僕はカレー屋をやりたいと思ってないけれど、知らないことを学べる可能性はすごく高いし、何より同じステージに立って平等な関係で、何かがやれそうだって気がしたんですよね。だからプロジェクト化しよう!と。――そこでいろんな刺激を受けて、会社を辞めてカレー屋になろうと決意したんですか?
鹿島:会社を辞めようと思ったのはちょっと事件があって。それでもういいやってなったんです。
水野:今、思えばいいきっかけになったってこと? それがなかったらもうちょっとズルズルしてた?
鹿島:いや、時間の問題だったとは思いますね。未練は全然ないです。あとはどこで引き金を引くかって感じだったので。だけど、僕じゃなきゃわからない仕事もあったので、引継ぎをして抜けていった感じです。
水野:DADA CURRY PROJECTには、いろんな人がいるんですよ。かつてインド料理屋を経営してて、今はフードトラックだけで自分ひとりでやっている人とか、カレー屋さんからオーダーを受けてレトルトカレーや業務用のカレーソースを作っている会社の支店長みたいな人とか、週に1回ランチタイムだけ間借りでカレーを提供しているけれど、まだ自分のお店を持つとは踏み切れない人とか、結構いろんな立場の人がいます。ちょうど1年前にカレー屋を始めたばかりの人もいて、飯田橋の「CURRY&SPICE BAR カリービト」というお店にみんなが集まって「カレー屋って儲かるのかね?」というのがメインテーマになりました。――ストレートなテーマですね。
水野:カレー屋がカレー屋で儲けたいかどうかは、人それぞれなんだけど、少なくとも儲からなかったら生活ができないので「そもそもカレー屋って儲かるの?」みたいなことで、集まっては飲んで喋りを定期的に繰り返すっていう(笑)。でも鹿島さんは全然発言しないんですよ。たまに発言するけど、基本は聞き役なんです。だから、鹿島さんがどう考えているか全然わからない(笑)。メンバーみんな、自分が言いたいことを好き勝手にワーワー言うけど、鹿島さんは大体黙ってるから。だから、具体的にどんな発見があったのか気になりますね。
鹿島:情報量はすごく豊富ですよね。
水野:確かに、あれだけの情報が飛び交うってないよね。しかも、いろんな立場の人がいるからね。
鹿島:いろんな話が入ってくるし、それはすごくタメになりましたね。――「カレー屋は儲かるのか?」がテーマということですが、こうやったら儲かるんじゃないかという答えは出たのでしょうか?
水野:それはホントに難しいですねぇ……。僕らが「カレー屋は儲かるのか?」というテーマを掲げたのは、「カレー屋は儲からない」って言われていたからなんですよ。そう言われる一番の理由は“お酒が出ないから”。――なるほど。
水野:僕が話を聞いた中ではそう言う人が多い。例えば、タイ料理やベトナム料理だったら、料理をつまみながらお酒も飲むじゃないですか。要は、お酒って利益率が高いんです。仕込みが要らない、原価率も低いっていう。でも、カレー屋はお酒を飲んでもビール1杯程度でしょ。だけど、カレーライスには相当な原価がかかってるんですよ。そういう業態だからお酒を理由にする人は多い。ラーメン屋もお酒がメインじゃないけど、ラーメン屋ほど回転しないからね。そういう理由で「カレー屋は儲からない」って言う人が多かったから、本当はどうなんだっていうのがテーマになったんですよ。「いろいろやった段階で、カレー屋が一番儲かる」という声も聞く
――儲かると言っても、まずはきちんと採算が取れて、自分と家族が食べていけるのかってところが最初の1歩ですよね。
水野:儲かるって言っちゃうと「とにかく稼ぐ」ってイメージになるけど、利益が出ないと話にならないってだけのことであって。ただ、求める利益がどのくらいなのか、どういうことを目的とした利益なのかで、だいぶ変わってきますよね。DADA CURRY PROJECTでは論点をわかりやすくするために「カレー屋は儲かるのか?」という一番下世話なテーマを設定したんですけど、その時点で「カレー屋はやりたいけど、別に儲けたいわけじゃない」って人も絶対に何人かいます。むしろこっちの方が多いんですよ。カレー屋をやって儲けたいとか、フェラーリに乗りたいみたいな人は、いなくはないけど多分少数派なんですよ。鹿島さんもカレー屋で儲けようとは思ってない感じがしてるんだけど、それはどうです?
鹿島:それは当たってますね。でも、食えないとしょうがないので、どうやったら食えるのかってことは考えてます。このくらいの家賃で、どのくらい売れればいいかっていう。
水野:カレー屋の開業ってすごく複雑なんですよ。動機とか理想像っていうのが。ラーメン屋はもうちょっとシンプルで、諸先輩方にボロ儲けしている人たちがいっぱいいて、「ああなりたい」っていう人も多いと思うんですよね。もちろん、そうじゃないラーメン屋さんもいっぱいあると思うけど。飲食店をやる人は、シンプルにお金を儲けたいと思う人が多いけど、カレー屋さんには動機がちょっと違うところにある人が多い気がしますね。――ボロ儲けしたい訳じゃないけれど、お店を続けるためにはある程度の利益が必要ってことですよね。その利益を得るための秘訣があれば、カレー屋さんをやりたい人の背中をドンドン押せるような気がしますが……。
水野:うーん、僕自身やってないのに誰かに「やりなよ」なんて無責任なことは言わないと思うけど(笑)。ただ、この前、面白い話を聞いたんです。「エリックサウス」(八重洲)という人気のインド料理屋があるんですけど、「エリックサウス」の稲田さん(専務取締役)は、もともとインド料理屋からスタートしたのではなくて、いろんなジャンルの飲食業をやっている方なんですよ。ひょんなことからインド料理屋も始めたんだけど、「カレー屋は儲からないって言われているけど、いろんな業態を手掛ける稲田さんはどう思いますか?」って訊いてみると、「最初はそう思ってたし、カレー屋は割に合わないと思っていたけど、いろいろやった今の段階ではカレー屋が一番儲かる」って言ってたんですよ。それは随分夢のある話だなと思ったんですよ(笑)。――それは夢があるお話しですね! 具体的にどんなことをやれば「儲け」に繋がるのか、詳しくは次回の連載でお伺いしたいと思います。
水野仁輔
株式会社エアスパイス代表取締役。「AIR SPICE」を立ち上げ、コンセプト、商品、レシピ開発のすべてを手がける。1999年に立ち上げた「東京カリ~番長」名義で全国各地へ出張し、これまで1,000回を超えるライブクッキングを実施。カレースター(糸井重里さんが命名)として、ほぼ日刊イトイ新聞が運営しているカレー関連プロジェクトを実施。カレーやスパイスに関する著書は40冊以上。
http://www.airspice.jp/
鹿島冬生
東京・戸越に2017年12月、カレーとコーヒーの店「ストン」をオープンしたオーナー。インテリア全般に関わるお仕事を20年以上続けた元サラリーマン。カレー屋を志望する人や「儲かるカレー屋」をやるにはどうしたらいいかという問いを、それぞれの立ち位置で考えたり実践したりしてる「DADA Curry Project」のメンバー。
http://www.plaything.jp/
https://www.facebook.com/ston.tokyo/「カレー屋って儲かるの?」記事一覧はコチラから!
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