マイクロ法人は、近年注目を集める新しい組織形態です。個人事業主にとって、マイクロ法人の設立はどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか?法人化することで得られる税制上の優遇や、社会保険料の負担軽減などの利点がありますが、一方で設立や維持にかかるコストも無視できません。本記事では、個人事業主がマイクロ法人を選択する際のポイントを詳しく解説し、どちらがよりお得なのかを比較していきます。
法人化を検討している方にとって、マイクロ法人の特性を理解することは重要です。個人事業主とどのように異なるのか、具体的な違いを知ることで、最適な選択ができるようになります。この記事を通じて、あなたのビジネスに最適な道を見つける手助けをいたします。
マイクロ法人とは?
マイクロ法人とは、法律用語ではありませんが、一般的には、代表者が従業員を雇うことなく、一人で事業運営を行う小規模な法人を指します。法人格はありますが、実態は個人事業にかなり近いという特徴があります。会社法施行により可能となった組織形態で、小規模事業者が法人化するハードルが低くなったことから注目されています。
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小規模事業主の新しい選択肢として注目される理由
マイクロ法人が小規模事業主に注目される理由の一つに、税制上のメリットがあります。個人事業主としての所得税は累進課税であるため、利益が増えるほど税率も高くなります。しかし、法人化することで法人税が適用され、一定の税率で課税されるため、利益が増えても税負担を抑えることが可能です。社会保険料の負担も、法人化することで最適化できるという利点があります。
また、近年のフリーランス人口の増加や働き方改革の流れも大きく影響しています。多様な働き方が認められる社会になり、「会社員でも個人事業主でもない、小さな法人の代表」という選択肢が現実的になってきました。特に、複数の仕事を掛け持ちするパラレルワーカーや、将来的に事業拡大を視野に入れている個人事業主にとって、成長に合わせて柔軟に対応できるマイクロ法人は、新しい選択肢となっています。
一般的な法人との大きな違いは?
マイクロ法人と一般的な法人(株式会社や大規模な合同会社)には、規模や運営方法、税務、社会保険などの面で明確な違いがあります。以下の表で主な違いを比較しました。
比較項目 | マイクロ法人 | 一般的な法人 |
規模 | 従業員が少数(多くは代表者のみ) | 複数の従業員を抱えることが多い |
資本金 | 少額(数万円〜100万円程度) | 比較的高額(数百万円以上) |
社会保険 | 役員(代表者)に加入義務 | ・役員・全従業員に加入義務 |
税務申告 | 青色申告(比較的シンプル) | 複雑な会計処理や税務申告が必要 |
法人税率 | 所得800万円以下:15% 所得800万円超:23.2% | 所得800万円以下:15% 所得800万円超:23.2% |
消費税 | 課税売上1,000万円以下は免税事業者選択可 | 原則として課税事業者 |
経営判断 | 意思決定が迅速(代表者のみで決定可能) | 株主総会や取締役会などの手続が必要な場合あり |
マイクロ法人は、一般的な法人と比べて手続や維持コストが簡素化されている一方で、法人格を持つことによる信用面や税制上のメリットを享受できる点が特徴です。特に、小規模事業者にとっては、過度な事務負担を避けつつ法人化できる選択肢として位置づけられています。
マイクロ法人の法的な位置づけ
マイクロ法人の法的な位置づけは、基本的には一般的な法人と同じく会社法に基づいています。しかし、その運営の簡易さや規模の小ささから、特に個人事業主が法人化を検討する際に適した形態として認識されています。法的には株式会社や合同会社として設立されることが一般的ですが、その運営は比較的シンプルで、個人事業主が抱える負担を軽減することができます。
また、マイクロ法人は、法的に認められた法人格を持つため、取引先からの信頼性が高まるというメリットもあります。これにより、ビジネスの幅を広げることが可能です。
マイクロ法人と個人事業主の違いは?
マイクロ法人と個人事業主は事業形態として大きく異なる特徴を持っています。まず法的な位置づけとして、マイクロ法人は自然人とは異なる法的な権利義務の主体となる法人格を有していますが、個人事業主は自然人である個人が事業を行っています。この根本的な違いから、様々な面で異なる特性が生まれます。
税金面での違いについては、個人事業主は所得税(最高45%)が課税されるのに対し、マイクロ法人は法人税(基本税率15〜23.2%)が適用されます。また、法人では「役員報酬」という形で自分への給与を経費計上できる点も大きな違いです。
信用度の観点では、取引先からの信頼性において法人の方が有利な場合が多くみられます。特に大手企業との取引や金融機関からの融資、各種契約においては、法人格を持つことで信用力が増し、ビジネスチャンスが広がるケースが少なくありません。
これらの違いを踏まえると、事業規模や将来のビジョンによって最適な選択は異なってきます。次の項目で詳しく検討していきます。
税金・社会保険料の負担の違い
【税金負担の違い】
個人事業主の事業所得には所得税が課税されます。所得税は累進課税になっており、課税所得の額により税率が最高45%まで設定されています。
一方、法人税は15~23.2%となっていることから、所得金額によっては税負担が軽減される場合があります。また、代表者が受け取る役員報酬は、税法上の要件はありますが会社の損金に算入できます。そのため、法人税の軽減税率(15%)を適用できるように役員報酬の額を決めるなど、税務上有利な方針をとることも可能です。
ただし、役員報酬には役員個人に所得税が課税されるため、そのことも踏まえたトータルでの税金負担を最適化する計画が必要です。
【社会保険料の負担比較】
社会保険料においても大きな違いがあります。
個人事業主の場合(国民健康保険+国民年金)
・国民年金:定額(年間約20万円)
・国民健康保険は世帯単位で計算
マイクロ法人の場合(社会保険+厚生年金)
・厚生年金保険料:標準報酬月額×保険料率(約18.3%)の半額負担
・会社と個人で折半
注目すべき点は、マイクロ法人の場合、社会保険料の半額は会社負担となるため、個人の手取りという観点では有利になります。ただし、会社負担分も含めた総額では、社会保険の方が国民健康保険+国民年金より高額になるケースが多いです。
また、マイクロ法人では標準報酬月額を調整することで社会保険料を最適化できる可能性がありますが、個人事業主の国民健康保険は所得に応じて自動的に計算されるため、調整の余地は限られています。
マイクロ法人のメリット
マイクロ法人化することで得られるメリットは多岐にわたります。小規模事業主が法人化を検討する際に特に注目すべき点として、以下が挙げられます。
・役員報酬の設定により社会保険料の負担を最適化できる
・信用力が向上し、銀行取引や契約交渉が有利になる
・事業と個人の資産が明確に分離できる
・取引先の幅が広がり、ビジネスチャンスが増加する
・将来的な事業拡大や承継がしやすくなる
これらのメリットの中でも、特に重要な点について詳しく見ていきましょう。
法人税率が個人事業主より有利になる
マイクロ法人の大きなメリットの一つは、税率面での優位性です。個人事業主の場合、所得に応じて5%から最高45%までの累進課税が適用される所得税が課されますが、法人の場合は以下のような税率構造になっています。
・所得800万円超の部分:23.2%
例えば、年間利益が500万円の場合、
・マイクロ法人:一律15%の法人税率が適用
さらに、マイクロ法人では「役員報酬」として自分への給与を経費計上できるため、法人の課税所得を調整することが可能です。たとえば年間1,000万円の所得が見込まれる場合、その一部を役員報酬として支払うことで、法人の課税所得を800万円以下に抑え、15%の軽減税率を最大限活用することができます。
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社会保険料の負担を最適化できる
マイクロ法人では、代表者(社長)は原則として社会保険(健康保険・厚生年金)に加入する義務があります。一見すると負担増に思えますが、実は以下のようなメリットがあります。
社会保険料は会社と個人で折半するため、実質的な個人負担は国民健康保険・国民年金よりも軽減されることがあります。
2.標準報酬月額による最適化
役員報酬の額を調整することで、標準報酬月額を適切に設定し、保険料負担を最適化できます。
3.将来の年金額が増加
厚生年金は国民年金よりも将来の受給額が多くなる傾向があるため、長期的に見れば有利です。
4.傷病手当金や出産手当金の対象
社会保険加入者は傷病手当金や出産手当金などの給付を受けられますが、国民健康保険にはこうした制度がありません。
銀行取引や契約がスムーズに
法人格を持つことで信用力が向上し、様々な取引や契約がスムーズになります。
銀行は個人事業主よりも法人に対して融資を行いやすい傾向があります。創業融資や運転資金の調達が容易になり、金利面でも優遇される可能性があります。
2.取引先からの信頼性向上
特に大企業との取引では、法人格を持つことが取引条件として求められることも少なくありません。マイクロ法人化することで取引先の幅が広がります。
3.契約の柔軟性
オフィス賃貸、携帯電話、インターネット契約など、法人契約の方が個人契約よりも有利な条件が適用されるケースが多いです。
4.クレジットカードの発行
法人カードは個人カードよりも利用限度額が高く設定されやすく、ポイント還元率などの特典も充実している場合があります。
これらのメリットにより、マイクロ法人は小規模事業者にとって魅力的な選択肢となっています。ただし、メリットを最大化するためには、自身の事業規模や将来計画に合わせた適切な判断が重要です。
マイクロ法人のデメリット
マイクロ法人には多くのメリットがある一方で、検討すべきデメリットも存在します。個人事業主から法人化するにあたっては、以下のような負担やリスクについても理解しておく必要があります。
・毎年の維持費用が個人事業主より高くなる
・会計や税務の手続が複雑化する
・社会保険加入が義務となり、総コストが増加する可能性がある
・法人税と所得税の二重課税のリスクがある
特に資金的な側面では、法人化によって発生する初期費用と継続的な固定費用が大きな課題となります。これらのコストが事業の収益性を圧迫する可能性もあるため、詳細に検討していきましょう。
設立時の初期費用が必要になる
マイクロ法人を設立する際には、個人事業主の開業と比べて相当額の初期投資が必要です。主な費用は以下の通りです。
費用項目 | 株式会社 | 株式会社 |
定款認証費用 | 約5万円 | 不要 |
登録免許税 | 15万円〜 | 6万円〜 |
印鑑証明書等 | 約1万円 | 約1万円 |
登記申請書類作成費 | 自分で行う場合は無料、司法書士に依頼すると約5〜15万円 | 同左 |
会社実印・銀行印等 | 1〜3万円 | 同左 |
資本金 | 最低1円(実務上は10〜100万円程度が一般的) | 同左 |
これらを合計すると、株式会社の場合は最低でも25万円程度、合同会社でも10万円程度の初期費用が必要となります。さらに司法書士に設立手続を依頼する場合は、追加で10〜20万円程度のコストがかかることもあります。
個人事業主の場合は開業届の提出だけで無料でスタートできることと比較すると、この初期費用はマイクロ法人化の大きなハードルとなります。特に創業間もない事業や、収益の見通しが不安定な場合は慎重な判断が求められるでしょう。
法人に特有の固定費用がある
事業を運営していく上で、事業の収益状況に関わらず発生する固定費用があります。そのなかには個人事業主にはなく、法人化後に必要となる費用もあります。固定費用とは、操業度の変動と無関係に毎期継続的に発生する費用のことですから、安定した収益が見込めない事業にとっては大きなリスクとなります。
法人の決算書作成や税務申告は個人事業主より複雑なため、税理士に依頼するケースが多く、年間20〜50万円程度の費用がかかります。
2.法人住民税均等割
法人には収益の有無にかかわらず、自治体ごとに定められた均等割(東京23区の場合、年間約7万円)が課税されます。
3.社会保険料の会社負担分
代表者の社会保険料の半額は会社負担となり、役員報酬が高いほどこの負担も大きくなります。
4.決算公告費用
法的に決算公告が必要で、電子公告システム利用なら年間数万円のコストがかかります。
このように、マイクロ法人化には初期費用と固定費用の増加というコスト面でのリスクが存在します。事業の将来性や収益見込みを慎重に検討した上で、これらのコストに見合うメリットがあるかどうかを判断することが重要です。
マイクロ法人の設立手続と流れ
マイクロ法人を設立するための手続は、主に以下の8ステップで進めていきます。株式会社と合同会社では若干手続が異なりますが、ここでは両方の選択肢を踏まえて説明します。
STEP1: 会社形態の選択
株式会社か合同会社かを選びます。株式会社に比べて、合同会社は設立費用が安いなどの点で手続きが簡単だと強調されて紹介されることがありますが、それ以外にも株式会社との相違点があります。設立手続の手間やコストの差にこだわりすぎず、将来の計画等に合わせて適切な選択をしましょう。
STEP2: 会社の基本情報を決定
商号、事業目的、本店所在地、資本金を決めます。商号は法務局で類似商号の調査が必要です。事業目的は、将来行う予定の事業も含めて定款に記載しておくことが可能です。そのようにすれば、定款変更等の手続きの無駄を回避でき、変更登記による登録免許税の節約にもなります。資本金は実務上10〜100万円が一般的です。
STEP3: 定款の作成
会社の基本ルールを定めた定款を作成します。株式会社は公証人による認証が必要ですが、合同会社は不要です。電子定款にすれば印紙税4万円を節約できます。
STEP4: 資本金の払込み
発起人名義の口座を開設し、資本金を払い込みます。株式会社の場合は払込証明書の作成が必要です。合同会社は出資金額が記載された領収証で代用可能な場合があります。この段階では会社名義の口座開設はできないため注意しましょう。
STEP5: 登記申請書類の作成
定款、登記申請書、印鑑届書などの必要書類を準備します。会社印鑑も用意が必要です。自分で行えばコスト削減になりますが、初めての場合は専門家に依頼すると安心です。書類の不備は時間ロスの原因になります。
STEP6: 法務局への登記申請
準備した書類を法務局に提出し、登録免許税(株式会社は最低15万円、合同会社は最低6万円)を納付します。通常1〜2週間で登記完了し、登記事項証明書と印鑑証明書を取得します。これで法人として正式に誕生します。
法務省|商業登記規則が改正され、オンライン申請がより便利になりました(令和3年2月15日から)
STEP7: 各種行政手続
税務署、都道府県税事務所、年金事務所、労働基準監督署などへの届出を行います。法人設立届出書や社会保険関係の手続は多くが設立から2週間以内に必要です。期限管理をしっかり行い、計画的に進めることが重要です。
STEP8: 銀行口座開設と実務準備
登記事項証明書と印鑑証明書等を持参し、銀行で法人口座を開設します。会計ソフトの導入や、個人事業主からの契約切替も行います。代表者の社会保険加入手続も忘れずに。銀行によっては審査が厳しいため、複数の銀行を検討しておくと安心です。
まとめ
マイクロ法人は、個人事業主と、一般的にイメージされる規模の法人との中間に位置する組織形態として、小規模事業者にとっての新たな選択肢となっています。法人税率の優位性や社会保険料の最適化、信用力の向上といったメリットがある一方で、設立時の初期費用や継続的な固定費用といったデメリットも存在します。
マイクロ法人化の決断は、現在の事業規模や将来の成長計画、収益性などを総合的に判断する必要があります。所得が増加し、将来的にも安定した収益が見込める場合や、取引先との関係で法人格が求められる場合には、マイクロ法人化が有効な選択となるでしょう。
個人事業主として十分なのか、マイクロ法人化すべきなのかは、税理士などの専門家に相談しながら、自分の事業に最適な形態を選択することをおすすめします。
この記事の監修
特定行政書士 認定経営革新等支援機関
石井 一也
特定行政書士(行政書士法に基づく不服申立てを業務とすることができる行政書士)として、法人設立・運営、営業許可及び取引基本契約等の企業法務、相続をはじめとする民事法務を専門としている。
認定経営革新等支援機関としても活動し、企業法務の知見に加え事業・財務の分析をもとに経営改善、管理会計の導入支援、補助金の申請等、お客様の夢を達成するためのサポートに取り組む。
事務所概要 | 行政書士 石井法務事務所
