夜な夜な女性客が集まってくる『池尻餃子.』は、新宿・歌舞伎町で人気を博していた『あおば』を前身に持つ注目の店。ミシュランガイド東京2018にも掲載されました。オーナーの瀬川貴理さんと、店長の長塚千佳子さんに、客層や立地が変わっても人気をキープし続ける理由を探るとともに、『あおば』時代からヴェールに包まれた「マダムローズの餃子」の秘密を少しだけお聞きしました。
謎のヴェールに包まれた“マダムローズ”が作る餃子とは一体…?
ーーどのようなキッカケでお店を始めたのですか?
瀬川:もともと、「こんなお店を出したい」とか「こんな風に儲けたい」というお店の具体的なイメージがあって始めたわけではないんですよ。あるとき、美食家であるマダムローズのご自宅で餃子を振舞っていただいたときに、あまりの美味しさに感銘を受けて「これは絶対世の中に出すべきだ!」って思っちゃったんですよね(笑)。話を聞くと、代々受け継がれた由緒正しき餃子だったというバックボーンにも心を奪われました。食べてもらえれば分かると思うんですが、普通の餃子と全く違うんです。これを多くの人に知ってもらいたくなっちゃったんですよね。

ーーマダムローズさんの餃子に惚れ込んだんですね。
瀬川:そうですね。マダムローズ自身は、「お店をやるなんて無理よ」っておっしゃっていたので、そこを必死に口説き落しました。特に、お店に立つことに難色を示されたので、彼女に納得してやっていただくために、製作所スタイルにしたんです。マダムローズ用の製作所をつくり、そこでつくられた餃子をお店に運んで、焼いて提供。ですからいまも、お店の餃子はマダムローズのお手製なんですよ。タネも、包み方も一般的な餃子と違うんですが、正式なつくりかたは彼女しか知りませんから、マダムローズが餃子づくりを止めたらお店もたたむつもりです。

ーーそれで『池尻餃子.』の前身となる、歌舞伎町の『あおば』をオープンさせたんですね。
瀬川:お店を始めて2ヵ月くらい経った頃、雑誌『dancyu』に掲載していただき、その後すぐに、雑誌『DIME』の「日本の食べたい餃子20選」にも選んでいただきました。そこからお店が軌道に乗り始めましたね。ただ、『あおば』は歌舞伎町のなかでもかなりディープな場所にあったので、「行きたいけど怖くて行けない」という方もかなりいらっしゃって。そういうことがあって、もともと期間限定として始めたお店ではあったので、3年になるタイミングで一度仕切り直しすることにしたんですよ。
人気店が点在する「ミシュラン通り」で生き残るための策とは?
ーーなぜ、次の出店地を池尻大橋にしたんですか?
瀬川:実は、『池尻餃子. 』の隣にある『おわん』という店を友達がやっているのですが、ご飯を食べにきたときに「この通りいいね」という話をしていたんです。その後、物件を探している時にたまたま真隣の居抜き物件を発見したので、すぐに借りることを決めました。あとは、女性店長になることが決まっていたので、一人でお店に居ても危なくないところが良かったんですよね。池尻大橋は客層や街の雰囲気がとても良く治安がいい。女性でも安心して働ける場所という条件にぴったりだったんです。

ーー偶然とはいえ、この「ミシュラン通り」(ミシュランガイドに掲載されているお店が点在しグルメが集まることで有名)でお店を構え続けるのは大変ですよね。どのような工夫をされていますか?
瀬川:肝心な「マダムローズがつくる餃子」というコンセプトだけは決してブレませんが、そのほかのことはフレキシブルに変えています。メニューも変えましたし、この辺は舌が肥えている人が多いので素材と味は妥協しませんでした。『あおば』の頃よりも肉のグレードを変えていて、原価はめちゃめちゃ上がっているんですよ。ただ、その違いがわかるお客さまだからやりがいはあります。それに、お店自体が小料理屋のような仕様なので、お客さまがゆっくりと過ごされることが多いんです。なので、餃子の種類を増やしていろいろと食べてもらえるようにしました。
長塚:お客さまの8割は地元の方なので、地域に根ざすことを意識しています。具体的にいうと、カウンター席がメインなので、できるだけお客さまとお話するようにしたり、一度来ていただいた方は覚えておくようにしたりしていますね。その結果、常連さんが頻繁に来てくださいます。女性一人のお客さまも多いんですよ。

今までに無い!“女性が安心してくつろげる餃子店”
ーーお店の雰囲気もかわいらしく女性向けですよね。実際に女性のお客さまが多いということでしたが、最初から女性向けの店舗を考えていたんですか?
瀬川:コンセプトが明確にあったわけではないのですが、私たちの感性を生かしてお店をつくってきました。わたしも長塚さんもマダムローズも女性ですし、お店の内装の一部を手がけてくれたのも、高校生アーティストの女の子なんです。物件は居抜きで借りて、外観も内装も自分たちで手がけました。壁に色を塗っただけだと妙に寂しくて、正月休みにその高校生アーティストに絵を描いてもらったんです。個室は子ども連れのママたちが入ることが多いので、子どもたちが楽しめるように動物を描いてもらいました。
長塚:たしかに、携わっているのが全員女性だったから、だんだん女性向けになっていったというのが正解かもしれませんね。その結果、餃子も食べたい、お酒も飲みたい、女性一人でも安心してくつろぎたいというお客さまが、仕事帰りに一人で来られることが多くなりました。なので、お酒のメニューも女性を意識して選んでいます。女性はかわいいものが好きなので、味や飲みやすさはもちろんですが、ボトルのビジュアルも加味します。
瀬川:清潔感も大事です。お店に入るときに徹底的に掃除をし、長塚さんがしっかり維持してくれているので、いまは小さなゴキブリも出ません。

ーー女性らしい細やかな気遣いも女性に受ける秘訣ですね。
瀬川:そうですね、もともとマダムローズの餃子は、ご家族に元気を出して欲しいときにつくっていたスペシャルメニューだったんです。「頑張って!」という想いを込めてつくっていたものなので、いまでもマダムローズの体調の悪い日や気分が乗らない日は製作をしません。食べ物にはつくった人の感情がこもりますからね。そういうところにこだわっているのが伝わるのか、「食べて元気になりました」と言ってくださるお客さまがとても多いんです。小さい店舗ではありますが、食べた方が元気になる餃子をこれからも提供し続けていきたいと思っています。