埼玉県春日部市。「クレヨンしんちゃん」の舞台として知られるこの街のはずれに、2018年の12月に新しいラーメン屋が誕生した。しかしその店を前にして、これを「新しい店」と認識する人は少ないかもしれない。外見は昭和風のひなびたたたずまい。中を覗いてみれば、レトロなカウンターや食券機が、蛍光灯の緑がかった明かりの中に見える。真っ赤なテントに「パリ橋」と手書きされた看板は、見る者をいろんな意味で圧倒する。この強烈な個性を持つ店の店主は、高橋明さん。実は2017年2月に近くの幸手市にオープンした「パリ橋」が1号店で、ここ春日部店は2号店にあたるという。なぜ、このような店を作ったのだろうか。
ラーメンは人を呼べる食べ物。わずか1ヵ月で開業
――ラーメン屋を開業しようと思ったきっかけを教えてください。
実はそれまで、全然飲食の経験はなかったんです。前職は機械のメンテナンスをする会社で働いていて、外回りをしていました。その時にいろんなラーメン屋には食べに行っていましたけれど、店をやろうと考えたことはなかったですね。
でも、「会社をやめて自分で何かをやりたいな」って思った時に、飲食がいちばん始めやすくて、現実味があると思ったんですよ。その中でも「ラーメン」っていうのは、「いちばん人を呼べる食べ物だな」と思ったんです。
――なぜ、煮干しラーメンのお店を開かれたのですか?
濃厚系の煮干しラーメンが流行っていたからです。でも、自分はそれを食べられなくて。なんかエグいというか…、苦手だったんです。なので、自分でも食べられるような煮干しラーメンを作れば、きっと同じように思っている人たちに売れるんじゃないかと思ったんです。早速試作してみたらいい感じにできて、「これでいけるんじゃないの?」くらいの思いで、お店を始めちゃいました!
実はそれまで、飲食以外にもいろいろ考えていたんですよ。ネットで何かを販売したり、輸入したものを転売したり。でも、ほかはあんまり現実感が湧かなかったんですね。なので、飲食店をとりあえずやってみて、「だめだったらすぐに閉めよう」くらいの気持ちでした。決めてからは1か月くらいで開店しましたね。
ちなみに、いま煮干しのラーメンを出していますけれど、本当は二郎系とかが好きだし。今でも外に食べに行ったら二郎か家系ですよ(笑)。

――1号店は春日部市よりも人口の少ない幸手市だったそうですが、なぜそこから始めたのですか?
始める時に、自分の中の決まりとして、「自己資金でやろう」って決めていたからです。幸手のお店はすごいお手頃価格だったんですよ。かかった初期費用は全部で80万円です。物件に関するいろんな費用が60万、ほかに冷蔵庫や厨房器具を買って20万円くらいでした。
物件は最初から居抜き物件だけを狙っていました。スケルトンで一から作るとなったら、お金が持たないですからね。店を始めた後も、お客さんがつくまで「つなぎ資金」が必要じゃないですか。そこで結局借金をしたらきついので、その可能性も考えて、極力安い物件で始めました。
――2号店はどういうきっかけで出されたのですか?
幸手店をオープンさせてもうすぐ2年くらいって時に、スタッフが入ってくれたので、それが「2店舗目を出そうかな」と思うきっかけになりましたね。そこにちょうどいい物件が出たので、ここに決めました。それで、幸手の店はそいつに任せることにして、自分はこっちに移りました。

なぜラーメンとローストビーフの組み合わせだったのか?
――お店のコンセプトについて教えてください。
煮干しラーメンに関しては、「煮干しが苦手な人でも食べられるもの」ということと、もうひとつは、「店にお金をかけないで、お客さんに安くていいものを提供する」ということですね。だから、ローストビーフはかなりいいお肉を使っているんですよ。ほかの店ではこの値段では出せないと思います。お客さんには、「600円でこれだったらいい」とか、「300円でこれなら納得」って思ってほしいですね。「お値段以上」という感覚にはこだわっています。
――ラーメン作りに関するこだわりを教えてください。
うちはチャーシューじゃなくてローストポークを乗せているんですけれども、そのポークも、タレも、油も、スープも、麺も、「全部が合わさってひとつのラーメンになる」ということは大事にしています。ほかで食べるとけっこう、スープと麺とチャーシューが全部主張していて、乖離(かいり)している店があるんですよ。そういうのが嫌いなんです。だから自分が作るときは、「全部がマッチングしているラーメンを作ろう」と思って、そこは意識しています。
――ラーメン以外のメニューがローストビーフ丼とステーキというのは、異例の組み合わせですね。これはなぜですか?
ローストビーフ丼については、その時に流行っていたからです。そのあとにステーキが流行りはじめたらから、ステーキも限定メニューで入れました。だから、みんな理由は同じなんですよ。「流行っているもの」をぜんぶ詰め込んだ感じです。それが一番手堅いじゃないですか。
お店をタダで譲ってまた新しいお店をやる!斬新なのれん分けシステム
――幸手店の開業当初から、経営は順調でしたか?
いやいや、最初はひどい状況でした。1日中誰も来ないような日もありましたね。自分はあんまりしゃべらないタイプなので、アピールするのは大の苦手なんですけれど、仕方がないから外でビラを配ったりもしました(笑)。そのおかげか少しずつお客さんが入るようになって、口コミでだんだん広がっていってくれたような気はします。
――2店舗とも同じ屋号ですが、経営者は別々になっているそうですね。それはなぜですか?
彼(現在の幸手店長)も独立したいと最初から言ってくれていたので、「じゃあ店主になりなよ」と言って、任せました。店はタダで譲ったんですけれど、一応条件はあって、「毎月決まった金額をうちに収めてね」という感じのゆるい約束をしています。ちょっとした『のれん分け』みたいなものですね。
彼にとっては相当いい条件だったと思いますよ。物件もお客さんもついてくるんだから。こっちとしても、お店を出す時にかかったお金は回収できたので、毎月不労所得が増えるなって感じです(笑)。
だからこの店(春日部店)も、また誰かが入ったら譲って、自分はまた新しい店を出そうと思っているんです。ほかにもやりたいことがいろいろあるので。正直、ラーメンじゃなくてもいいんです。場所や物件によってできるものは変わってくると思うので、そこに合った業態で、いろいろやっていきたいですね。
――儲けが出るか心配になってしまう価格設定ですが、この価格を維持するためにどんな工夫をされていますか?
煮干しは大量に使うので、大きさが不揃いなどの理由で、少し安く仕入れられるものを使って節約しています。味は変わらないですからね。でも、実はそれでも儲けが出なくて、最初550円で始めたラーメンの値段を、途中で50円だけ上げさせてもらいました。そうしたら、月の売り上げは5万くらい変わりましたね。この値段だと50円の差でも大きいんです。
安くしているのにはもうひとつ理由があって、自分はなんの修行もしていないので、お客さんも初めからそこまで期待して来てはくれないと思うんです。だからこそ、まずはインパクトのある値段を出して、一度店に来てもらって、そこから、その人がまた別の人に伝えてくれる、というのを狙っています。
同じものを出したとしても、値段設定ひとつで評価は変わると思うんです。やっぱり、「その値段なりの味」というラインがあるので、「値段よりもうまいな」と思ってもらわないと、口コミでいい評価はもらえないんです。そのバランス感覚は大事にしていますね。
ないようである?チープな内装へのこだわり
――ないと思いますが…、内装のこだわりなどはありますか?
ないですね(笑)。何もいじらず、敢えてチープにしています。逆にこういう店の感じが好きな人もいるんですよ。そういう人たちのほうが自分の感覚と近いし、相手をしていて楽なので、そのままにしています。そうすると、あんまり口うるさく言う人は寄り付かないので楽なんですよ。
――これから開業する人にアドバイスをお願いします!
飲食店をやるなら「居抜きが絶対にいい」というのと、「ダメだったら早めにたたむ」ということです。そのためにも、借金は極力しないほうがいいと思います。
あと、自分はちょっと変わった考え方なのかもしれないけれど、ほかの方はどちらかと言えば、「夢を実現するための店」だと思うんです。でも、俺は、「生きるため」の店なんですよ。自分が立ちいかなくなったら、夢も追えなくなりますからね。
