「開業をしたい!」と思っている方でも、実際に開業をするために何が必要なのかはよく分かっていないという方は少なくないでしょう。開業の準備や手続きには細かな過程が多く、中にはうっかり手続きを忘れていると罰則を受けることもあります。
しかし、しっかりと準備ができていれば、開業自体をスムーズに行えるだけでなく、事業を始めた後の経営上のリスクを事前に回避できることもあります。
開業準備についての理解を深め、事業を形にしていくための工程を確認しましょう。
開業する上で準備すべきもの
開業をする際に必要とされる準備や手続きは、おおまかに「事業計画書の作成」「開業資金の調達」「事業を行うための物件の取得」そして「各種手続き」という4つの工程に分解することができます。中でも物件の取得や各種手続きには半年~1年程度の時間がかかることもあるので、他の工程と並行して進めることも多いです。
これらの準備はいずれも欠かせないものです。事業計画書がなければ開業資金を集めるための融資を受けることも難しくなり、開業資金が集まらなければ物件を取得するのも一苦労です。また、そもそも開業に関する手続きや届出を行わなければ、そもそも事業を開始することもできません。
もちろん開業を行いたい業種や目指している事業の形によってはこれらのステップの重要度の比重や具体的な準備の内容も変わってきますが、いずれの工程も開業をスムーズに行うために必要なものです。
事業計画書の作成
事業計画書とは、事業を開始する際の開業資金や、事業を運営していく際の運転資金の運用計画などを書面にまとめたものです。金融機関などから融資を受ける際の説明資料としても用いられるもので、後に説明する資金調達の際に重要な役割を果たします。
事業計画書の書き方は人によって様々ではありますが、日本政策金融公庫が公開しているフォーマットを参考にすると、以下のような内容をまとめる必要があると言えます。
・創業の動機
・経営者の略歴
・取扱商品(サービス)
・販売先/仕入先/外注元といった取引先
・雇用を予定している従業員数
・(他の金融機関からの)借入の状況
・収益の見通し
この中でも収益の見通しは融資の審査に大きな影響があるため、地に足の着いた予測を立てる必要があります。融資を行う金融機関にしてみれば、事業が利益を創出し、融資したお金を返済してくれる見込みがなければ、貸付金の分だけ損失になる、いわゆる貸し倒れになってしまうからです。
この収益の見込みは、「(来客数×客単価)-商品原価」を計算することで大まかな金額を求めることができます(来客数=お客様の数、客単価=お客様1人あたりの支払い平均額、仕入原価=仕入にかかったコスト)。これらの計算に用いた数値の根拠を聞かれた際にも即答できるよう、同業者などを調査することも重要と言えます。
また、こうした試算をしながら事業計画書を作成することで、自身の事業を客観的に見つめ直し、経営を行っていく際のシミュレーションを行うことができます。行き当たりばったりの経営に陥らないためにも、地に足の着いた事業計画書の作成が大切と言えるでしょう。
開業資金の調達
事業を始める際には、物件の取得にかかる費用や設備工事費、事業が軌道に乗るまでの人件費や物件の賃料、生活費の備えといった開業資金も必要になります。公的な金融機関である日本政策金融公庫の調査によれば、2017年から2018年にかけて新規開業を行った事業主の開業資金の平均額は1,062万円となっています。
もちろん店舗・事務所の立地といった前提条件の違いや業態によって開業資金の多寡には差がありますが、これらの見積もりを行うための大まかな目安があります。
たとえば、店舗や事務所を開くための物件を取得する際には賃料の12~15ヶ月分の費用が必要と言われています。さらに、内外装の工事は坪あたり30~50万円ほどが相場と言われているので、仮に20万円の賃料で20坪の物件を取得するとしたら、初期費用だけで840~1300万円ほどの費用がかかると考えられます。
他にも設備購入費や商材を仕入れる費用、備品や什器などを購入するお金がかかることになるので、自分の事業に必要なものは何なのか、それらにいくらのお金がかかるのかを考えていくことで開業資金をシミュレーションすることができます。
仮に開業資金の平均額とされる1,062万円の資金が必要になるとした場合、その全額を100%自己資金から捻出するのは難しいという方が多いでしょう。開業資金が不足している場合、資金調達する必要があります。
不足した資金を調達する方法としては、親族や知人からの出資を受けることなどが考えられますが、それでも資金が足りない場合には、金融機関から融資を受けることで開業資金を調達することができます。
この際に重要となるのが「自己資金要件」を満たすことで、融資の審査を受ける際には、調達したい金額に応じて自己資金を用意する必要があります。要件とされる自己資金は利用する金融機関や融資制度によってまちまちですが、一般的には調達したい金額のうち3割ほどは自己資金で用意するべきだと言われることが多いです(融資を受ける金融機関によっては、出資によって集めた資金も自己資金として認められることもあります)。
また、自己資金を用意したという実績は開業への意欲を表す指標としても評価されるため、より多くの融資を得るためにも重要です。毎月の給料からお金を積み立てることももちろんですが、動産・不動産などを売却して得た資金や、会社を退職する際に受け取ることができる退職金、あるいは生命保険を解約して得た資金も自己資金として認められます。
事業を行うための物件の取得
事業を興す際には、店舗となる物件も必要です。たとえば飲食店やサロンなど、実店舗を必要とする事業を「店舗型ビジネス」と呼びます。店舗型ビジネスでは、業種や事業内容に応じて店舗に必要とされる条件も異なってきます。
中にはインターネットを利用した事業や仕事先まで出張を行う事業など、自宅で開業が可能な「無店舗型ビジネス」もありますが、その場合にも自宅ではなく事務所を利用したり、バーチャルオフィスを利用したりするなどの準備が必要とされることもあります。
実際にお客様がご来店される店舗型ビジネスと、基本的には事業主や従業員しか事業所を利用しない無店舗型ビジネスでは、物件の要件も異なっています。
■店舗型ビジネスの場合
店舗型ビジネスでは、お客様が実際に店舗に足を運ぶという性質上、どのような物件を利用するかが重要になります。この際重要となるのは、以下の3つの指標です。
・物件の立地
・物件の広さ
・物件の賃料
物件の立地について考えていく上で重要なのは、「自分のビジネスのターゲットとなるお客様の集客を見込めるエリアにあるのかどうか」という観点です。
ターゲットと言うと難しく聞こえるかもしれませんが、「若い女性の集客を狙ったアクセサリーショップ」や「ファミリーで食事を楽しめるレストラン」といった店舗のコンセプトを考えていくことで、物件に必要とされる条件も固めることができるでしょう。
一般的に店舗物件の賃料は売上予測の10%以内を目安にすると良いと言われており、事業計画書に立ち返り、物件の賃料はいくら程度が妥当なのかを考える必要があります。
物件探しは考慮すべき要素が多いため、開業の準備にかかる工程の中でも非常に時間がかかりますが、焦らずに条件を精査していき、事業にフィットした店舗を探しましょう。
■無店舗型ビジネスの場合
ネットショップの開業やライター、デザイナーといった自宅で作業が完結する仕事、あるいはお客様の元に出張して介護や掃除、機械の修理といったサービスを提供するような無店舗型ビジネスでは、お客様が直接ご来店されることはほとんどないため、必ずしも物件を取得する必要はありません。
この場合、物件に関して必要な準備としては大きく分けて3通りあります。
・自宅で開業を行う
・事務所を借りて開業を行う
・レンタルオフィスやバーチャルオフィスを利用して開業を行う
自宅で開業を行う場合は特に物件の取得は必要なく、物件の取得費用や賃料といったコストを大幅に抑えて開業を行うことができます。
こうした「コストを抑えて開業を行える」という点は、無店舗型ビジネスの大きなメリットの一つです。事業が拡大し、自宅が手狭になった場合は事務所を借りる必要が出ることもあるでしょう。
無店舗型ビジネスでは、店舗(事務所)の立地が集客に直接結びつくわけではないため、事業の行いやすさが事務所を選ぶ基準の一つひとつとなります。
ただし、通信販売を行うネットショップなどの事業を行う際には、特定商取引法によってお客様が書面で事業所の住所や電話番号といった情報を見ることができる状態になっていないとならないという法律があります(特定商取引に関する法律 第37条)。
いくら法律で決まっていることとはいえ、個人情報をインターネットで公開するのは抵抗があるという方も多いでしょう。
また、事業用の事務所を借りるにも借りるほどの収益がない場合には、レンタルオフィス(バーチャルオフィス)などを利用するというのも手です。
レンタルオフィス(バーチャルオフィス)は月額数千円ほどで事業所として登録できる住所を貸してくれるサービスです。これらのサービスを利用することで、自宅の住所を掲示する必要はなくなります。他にも都心一等地の住所を借りることもできるため、取引先の信用を得ることができる可能性があるというのもメリットと言えるでしょう。
開業に必要な各種手続き
■個人事業の開業届出・廃業届出等手続(開業届)
開業を行う場合、「個人事業の開業届出・廃業届出等手続(開業届)」と呼ばれる届出を提出する必要があります。この届出は開業を行った日付より1ヶ月以内を目安に、事業所の住所を所轄する税務署へと提出を行う必要があります。
開業届自体は国税庁のホームページか税務署の窓口で入手することができます。税務署の窓口が開いている時間は、一部の例外を除き平日の8時30分から17時までの間となっているため、その間に直接税務署へ提出しに行くか、郵送などで届出を提出することも可能です。
届出を提出する際にはマイナンバーが必要になるため、マイナンバーカードかマイナンバー通知カードを持参した上で、屋号(お店や事務所の名前)を決めておくとスムーズでしょう。提出に際しては費用などもかかりません。
■所得税の青色申告承認申請書(青色申告承認申請書)
多くの事業主が開業届と一緒に税務署へ提出している届出がこの「所得税の青色申告承認申請書(青色申告承認申請書)」です。青色申告制度は税制面で大きなメリットのある制度であり、申請にはお金などもかかりません(原則として開業届を提出した事業主でないと申請できません)。
青色申告を行うと、最大65万円の特別控除や、赤字の繰越、家族への給与の経費計上など税制面で様々な優遇制度を受けることができるようになります。
事業を通じて得た所得(事業所得)から特別控除、赤字(事業経費)などの金額を差し引いて所得税を計算することになるため、節税効果が高い制度です。
■許認可の取得
開業を行う事業によっては、その許認可を管轄する行政機関や地方自治体から事業を行うための許認可を得る必要があります。この許認可を取得せずに営業を行った場合、刑事罰に課されることもあるため注意が必要です。
また、一口に許認可と言った場合でも、取得が簡単なものから順に「届出」「登録」「認可」「許可」「免許」の5種類の区分があり、それぞれに手続きや条件が違います。かつ許認可が必要とされる業種は全部で35種類あり、それぞれの業種によって必要な許認可の区分も申請が必要な行政機関や地方自治体も異なっているため、非常に複雑です。
たとえば探偵業の場合には「警察署の届出」が、ペットショップの場合は「都道府県の登録」が、飲食店の場合は「保健所の許可」が必要とされます。
自分の開業を行いたい事業に許認可が必要とされるかどうかを事前に調べておき、もし許認可が必要であれば事業を開始する前に計画的に許認可を取得しておくようにしましょう。
開業準備の際の諸注意事項
■開業前費用の経費申請について
開業の準備を行うために特別に要した費用は、「開業費」として青色申告を行う際に申請を行うことができます。ただし「費」という文字が入っているために誤解を生みがちですが、この開業費は「繰延資産」という科目で処理され、以降毎年少しずつ費用として計上されます。
開業費として認められる代表的なものは、以下のようなものがあります。
・書籍などの資料費用
・許認可取得にかかった費用
・物件の取得にかかった費用(敷金などあとで返ってくるものは除く)、改装費用
・打ち合わせにかかった飲食代など
・広告や宣伝にかかった費用
・その他什器や印鑑、名刺などの物品購入費用
■失業保険受給期間中の開業
会社を退職し、失業保険を受給している間に開業の準備を行った場合、失業保険の受給資格を失うことになります。
失業保険とは「就職する意思はあるが、まだ仕事が見つからない人」が受給することができる手当であり、開業の意思がある場合には「(個人事業があるため)就職する意思がない」とみなされるためです。
また、もしも受給資格を失った状態で失業保険を受け取っていた場合、最も重い罰則では受給した金額の合計3倍の納付命令を出される可能性があります。
開業届さえ提出しなければバレないと思われるかもしれませんが、物件の取得や資材・設備の発注、許認可手続きを行った記録から不正受給が発覚することがあるので、くれぐれも開業の準備は失業保険を受給していないときに行いましょう。
まとめ
開業に至るまでの過程は非常に細かい上に、事業によって必要な準備が異なっているので、余計に難しく感じるかもしれません。しかしながら、過去に事業を興した人も最初からこれらの準備について詳しく知っていたわけではありません。
開業に向けた知識は後からでも身につけることができますが、開業したいという情熱は他人から与えてもらえるものではないでしょう。まずは自分がどのような事業を行いたいのかを考え、事業計画書にまとめることを目標に動き出してみるとよいでしょう。
この記事の監修
株式会社USEN/canaeru 開業コンサルタント
○会社事業内容
IoTプラットフォーム事業・音楽配信事業・エネルギー事業・保険事業・店舗開業支援事業・店舗運用支援事業・店舗通販事業。
○canaeru 開業コンサルタント
銀行出身者、日本政策金融公庫出身者、不動産業界出身者、元飲食店オーナーを中心に構成された店舗開業のプロフェッショナル集団。
開業資金に関する相談、物件探し、事業計画書の作成やその他の店舗開業における課題の解決に取り組む。
